L'art de croire             竹下節子ブログ

新教皇フランチェスコとアルゼンチン

新教皇誕生から一夜明けて、紙のメディアがいっせいにニュースを伝え始めた。

開かれたバルコンを見上げる群衆が一斉に携帯などのカメラを向けている写真が、今の時代を象徴している。

イタリアのIl fatto Quotidiano紙は、水曜の午後にイタリアの司教評議会がはやばやとスコラ枢機卿の選出を喜ぶコメントを出していてあわてて訂正したとすっぱ抜いたそうだ。

おもしろいのはアルゼンチンの様子だ。

昨日のテレビでは、教皇選出時アルゼンチンはまだ午後の半ばだったので人々が働いているからあまり騒いでいないと言っていた。

でもその後は、やはりお祭り騒ぎはあったらしい。

おもしろいのは、アルゼンチンでは「神さまはアルゼンチン人だ」という表現があるそうで、それはアルゼンチンの自然が豊かで美しいことの自負らしい。

それで、

「おや、今度は法王までアルゼンチン人だってさ」

とみなが言っているというのだ。

ツイッターやブログでは、

「また神の手だよ」

と口にされている。

イングランド戦でハンドを使ってゴールしたマラドーナが「神の手が現れた」などと言ってから有名になった言葉だ。

実際マラドーナ自身も、今回の教皇誕生を「神の手が選んだ」と懲りずに言っているようだ。

(新教皇はもちろんブエノスアイレスをホームとするサンロレンソというサッカークラブのサポーターだそうだ)

マラドーナといえば、徳間書店の『最後のスーパースター マラドーナ―新たなる神話への挑戦』という本を読んだことがある。

著者であるアリシア・デュジョブネ オルティズがパリで私となかのよいギタリストと暮らしていた時に食事に呼ばれて、この訳本を日本から送ってもらったが自分は読めないからと言って私にくれたのだ。

アリシアは私が個人的に知っていた唯一のアルゼンチン人でもある。

とにかくすごく強い性格の人だった。

アルゼンチンの大統領は女性だ。チリやブラジルもそうだ。男たちが殺し合っている間に女性たちが確実に力をたくわえていたのかもしれない。

でも、アルゼンチンでは、教会が独裁政権の犠牲者を支援しなかった、人権擁護になんの役割も果たさなかったと言って非難している知識人も少なくない。

当時、共産主義者と共闘した「解放の神学」の聖職者たちは、ヴァティカンから弾劾されたからだ。

ニカラグアやパラグアイ(これについてはサイトの『パラグアイ大統領選挙について』に書いたことがある)
のようにカトリック教会が積極的に政治に関与し続けてきた国と違って、アルゼンチンの教会は結果的に軍事独裁政権に与したと見なされることもある。

実際、後に刑事法廷で裁かれた神父もいる。

しかし、今回教皇になったベルゴリオ枢機卿は当時、一人の司祭の過ちを教会全体の責任と見なすことはできないという見解を示したのだ。

でも、この人の個人的な行動が、いつも貧しい人の側に立って尽くしてきたものだということは、すべての人が認めている。

独裁政権に与したことなどはなく、「解放の神学」の弾劾については教皇庁の方針に従ったに過ぎないとも言える。

マザー・テレサのことも思い出してしまう。
マザー・テレサもひたすら路上で死にゆく人とか捨てられた赤ん坊とかを保護して献身的に生きたが、その影響力を政治的な抵抗勢力として活かさなかったことについて批判されることがあったのだ。

ひたすら「現場」で尽くすことと、政治的立場を明らかにすることとの兼ね合いは難しい。それぞれがそれぞれの形の信仰を生きているのだろう。

それでも今日の新聞はいっせいに、新大陸出身の教皇の誕生を歴史的だとしていた。

オバマ大統領ももちろん、自国のヒスパニック系国民と共にという喜びのコメントをしたし、はっきりと無神論者を表明している点で珍しいオーストラリアのギラード首相(この人も女性だ)でさえ、新世界の教皇の選出は歴史的だと言って歓迎した。

はじめての新大陸教皇をアルゼンチンにさらわれた形のブラジルのルセフ大統領(女性)は、今年の7 月にカトリック青年世界大会がリオ・デ・ジャネイロで開かれるのて、信者たちは教皇を迎えるのを待ちわびていると言った。

このルセフ大統領はブルガリア正教がほとんどを占めるブルガリアからの移民の二世なのだが、自身はカトリックだ。ブラジルのような国で政治的に成功したのだから当然かもしれない。

まあ目下のもっとも大切なことはヴァティカンの国務長官選びである。

ヴァティリークスのようなことが再びないように、また縦割り行政で横の交流がなかったヴァティカンの組織を改革していく上でもこれが一番大切なことになっていく。

新教皇は土曜日に記者会見し、火曜日が就任ミサだ。19日が祝日である聖ヨセフは教会の守護聖人でもあるし、前教皇B16の洗礼名でもある。新教皇は選出されてすぐにB16に電話して話したそうで、表敬訪問も予定されているそうだ。

少しずつ新教皇の人柄や基本路線が明らかになっていくだろう。
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by mariastella | 2013-03-15 04:07 | 宗教
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