L'art de croire             竹下節子ブログ

ポンピドーセンターのダリ回顧展に行く

2011年の10月から3ヶ月もポンピドーセンターでやっていた草間彌生展に結局行かなかったことがいつも気になっていた。

去年の秋、表参道のルイ・ヴィトンのショーウィンドーの前を通る度に、等身大の彼女の姿に何かを語りかけられている気がした。

今回のダリ展にも同じような逡巡があったのだが、結局、会期も終りに近づいてから観に行くことにした。

結論は、うーん、行って後悔はしないけれど、決定的な発見のようなものはなかった。

この人は、挑発的なこともいろいろやったけれど、基本的にはハンサムで生涯一人のミューズ(エリュアールから奪った8歳年上の女性)を愛し続けて金にも困らなかったのだから、さほど痛々しい気はしない。

『アンダルシアの犬』を見たシュールレアリストたちからコンタクトされて、ブルトンらに、リアルから逸脱するために自分たちのように自動書記をしたり薬を使ったりして変性意識状態でやってみたら、と誘われた時に、ああ、自分はそういうことしなくてもすでに現実を何重にも見ているんです、と言ったとか。

そして、すでに現実を何重にも見ているという出発点から、ロジックを見つけて新しいものを構築しようとするところは、パラノイア的批判的方法というダリの持論に一致していて、やけに知的でポジティヴである。

解体ではない。

例えばルネ・マグリットなどとは反対の方向だと言えば分かるかもしれない。

その神秘主義好き、疑似科学好き、好奇心の旺盛さも、なんだか他人とは思えない親近感がわいてくる。

マドンナ像や磔刑像もみなテクニックもすばらしいが、独特の魅せる力を持っている。

とてもバロック的だ。

たとえば、「爆発するラファエル風頭部」


で爆発する頭部の先に見えるのは、ダリの好きだったボロミーニの天井(これとか、これ、吹き抜けになっている)である気がする。

若いダリが『ミノトール』誌に載せたパラノイア理論はやはり若かったジャック・ラカンの興味を引いた。

ラカンはダリのアトリエを訪れた。

ダリは鼻の上に大きな絆創膏を貼って待っていた。

ラカンはそれについて何も言わなかった。
それが挑発ならのりたくはないし、狂気の一部なのなら観察したいだけだったからだ。

ラカンはダリの方法論についての論文を書いた。

この二人が再会したのは40年以上経った1975年のNYで、待ち合わせたレストランにダリが妻のガラと入っていった時にラカンはナプキンの上に懸命にボロメオの輪を描こうとしていた。

ダリは描き順を教えてやった。

ボロメオの墓に行って紋章を見たら分かるよ、と言いながら。

ラカンは1972年からトポロジーに凝っていて、現実界、象徴界、想像界の関係はボロメオの輪のようだと考えていたのだ。ダリも数学や科学が好きだった。

ラカンの数式などは、後にポストモダンの思想家たちの疑似科学として弾劾されてしまう(ソーカル事件)のだが、この時代の自由人たちはみなこういう専門分野の境界のない世界に生きていた。

でも、思想家ならそれを弾劾されることがあっても、ダリのようなアーティストはすべてが許されたのだから、悲劇的なところがない。ダリとラカンを比べたら、どう考えてもラカンの狂気の方が深刻そうで、ラカンの方が不幸そうだ。

ダリは自分のことを天才だとか狂人だとか自称していた。

ロンドンにいた82歳のフロイトにも会いに行った。

仲介したのはステファン・ツヴァイクだった。ダリが帰った後、フロイトはツヴァイクにダリのことを完全な狂人、いや、アルコールと同じ95% の狂人だと報告した。

確かに行動はエキセントリックで挑発的で、「普通ではない」のは確実だけれど、その芯にあるのは、いろんな点で幸運に恵まれた思索家で優れた表現社で巧緻な職人だったと思う。

いつもちょっとうらやましいと思うのは、オセロットをペットにしていたことだ。


大型猫族がごろにゃんとしているそばにいたいのはすべての猫好きの夢だ。

その意味でもダリってつくづくラッキーな男だなあと思う。

そうそう、40年以上を経てNYでラカンと再会した時に、ダリは、

「最初に会った時、鼻に絆創膏を貼っていたのに何も言わなかったのはなぜだ」

と問い、ラカンは

「何もないってわかってたからさ」

と答えたそうだ。

絆創膏は40年も彼らの中で生きていたのだ。

Face à Lacan et à Freud :Entretien avec Elisabeth Roudinesco
(Le nouvel Observatoire Beau Arts hors-série no2)より
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by mariastella | 2013-03-18 00:18 | アート
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