L'art de croire             竹下節子ブログ

大グレゴリウス法王のミサと羽のモザイク

例年通り16世紀の学会に顔を出してきた。

今年は特別興味がそそられるテーマだったので楽しみだったが、予想を裏切られないおもしろさだった。
テーマがいま一つの時は、16世紀の専門家ばかりいる場所の空気がアナクロニックで世間離れしていて不思議だと思ってしまう。特に、ここ30年ほどのフランスのエリート製造の教育システムを見てきて、成績のいい学生がENS以外の文科系に行くことがどんどん稀になっている今、今の若手研究者で16世紀を選ぶ人っていったいどういう動機だったのか知りたいくらいだ。

ところが今日はルネサンスやユマニスムの基本概念に関わる「人類」というコンセプトの誕生を新大陸の先住民の「発見」とキリスト教宣教と帝国主義的植民政策とに絡めて、「普遍性」と「多様性」をどう一致させるかという話だったので、とても時局にかなっている。

実際発表者も熱弁をふるって、各人の世界観が透けてみえそうな話しぶりだった。

(ソリプシストK(ラディスラフ・クリマ)のソリプシズムは、ジョルダーノ・ブルーノの影響をどのくらい受けているんだろうか、とも考えさせられた。これについてはそのうちエリカとも話してまたいつか書くことにする。)

まず最初に、1539年メキシコ製の「羽モザイク」について少し。


これは、アズテカの伝統的技法を使ったもので、フランシスコ会士の指導によってインディオの人形師が製作したものだが、どういうわけか歴史から姿を消していた。

いや姿を消したのはそれが「不都合」だったからだ。

テーマはその頃人気だった「聖グレゴリウスのミサ」である。

今もグレゴリオ聖歌に名を残す6世紀のローマ法王聖グレゴリウスがローマのエルサレム聖十字架教会でミサを上げていた時に、聖体パンがキリストの体に「化体」するという場面で、それを信じられないと笑う女性(疑いを抱いた助祭だというヴァージョンもある)がいた。

グレゴリウスが祈るとそこに血まみれのイエスの姿が現れた(聖体パンが血まみれの親指になったというヴァージョンもあるし、イエスのわき腹から血が聖杯に滴り落ちたというヴァージョンもある)。

このテーマそのものはそう珍しいわけではない。6世紀のローマでもすでに「信じられない」と思う人がいたのだから、近現代に至るまで多くの人が、同じ疑念に捕らわれた。

「単にシンボリックな意味だ」とわりきってしまう改革派のキリスト教も生まれたし、聖体パン(ホスチア)が典礼の言葉によってキリストの体になるという路線を守り続けたカトリックでも、不問に付してただ信受する人、懐疑に悩んだり冒涜的な行為に及んだりする人が当然いた。

で、時々、「奇跡」が起こって、小麦粉と水だけでできた無酵母パンから血がしたたったり、イエスの姿が現れたりして人々を回心に導くのである。

ところがこの図像では、法王と両脇の司祭の顔は、当時の表現法によると「インディオの顔」であり、イエスはスペイン系の顔であるのだが、イエスの上方に見えていてイエスを売った金貨の袋を持っているユダも、スペイン人の顔なのだそうだ。

裏切り者ユダがスペイン人で聖職者たちがインディオというのは政治的宗教的、イデオロギー的に正しくないし不都合だということで、この作品は隠匿されてしまったわけである。

この頃のメキシコでは小麦粉が手に入らないので聖体パンはトルティーヤで代用していた。
祭壇の向かって右に並ぶ三つの黄金のパイナップル(右の一つは削られているが金を使っているので途中で盗まれたものだと思われる)が三位一体を現していることなど、「新世界」の最初のキリスト教美術として価値あるものだ。

本来ならこの作品は、当時の教皇パウロ(パウルス)3世(在位:1534—49)に献上されるはずだった。

パウロ3世といえば、カトリックを刷新するためにトリエント公会議を召集した人で、イギリスのヘンリー8世を破門した人でもある。

それなのにどこかで、消えた。

再び姿を現したのは1985年のパリで、競売にかけられて今はGers 県Auchの美術館の所蔵となっている。

その450年間の間、メキシコの、いやラテンアメリカすべてのキリスト教のシンボルとなったのは、アズテカの女神の聖地に現れたインディオ風の聖母マリアの姿だった。

後にグアダルーペの聖母と呼ばれるようになったこの聖母は、インディオの最初の見神者となり最初の聖人(列聖は2002年)となったファン・ディエゴに、「あなたは私の子供、みんな私の子供」と言った。

パウロ3世はそれを追認する形で、インディオが理性と自由を備えた人間であると宣言した。羽のモザイクが製作された年のことだ。

新大陸での利権に夢中だったスペイン王で神聖ローマ帝国皇帝のカルル5世(スペイン王としてはカルロス一世)や、カルル5世の御用神学者だったサラマンカ大学の神学者たちは、パウロ3世の歴史的教勅を無視し、否定した。

イエズス会のヴィットリオは、教勅を完全に否定することはできなかったので

すべての人は平等であるが、インディオはまだ子供の段階なのでスペイン人の保護を必要とする、

と言ってのけた。(そういえば、マッカーサーが日本人が12歳の少年程度だと評したエピソードもあったなあ)

カルル五世は1539年に「新世界」についてのすべての文書の発刊を禁止してしまった。

羽のモザイクも、こうして、闇に葬られた。

(この項続く)
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by mariastella | 2013-03-22 23:54 | 宗教
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