L'art de croire             竹下節子ブログ

聖木曜日の洗足---ヘルプとアシスト

聖木曜日、予定通りフランシスコ教皇はCasal del Marmoの未成年刑務所を訪れて、小さなチャペルで12人の足を洗ってキスした

これまでに発表されていた大司教時代の写真と同じ光景だ。

最後の晩餐の前にイエスが12使徒の足を洗ったという福音書の記述では、盥に水を入れてそれで足を洗って腰にまとった手拭いで水を拭き取ったとあるので、別に足にキスしたとは書いていない。

実際、足にキスしないでただ洗うだけの方が多いし、これまで老齢のローマ法王などはかがんだりするのが大変だから、洗ってもらう聖職者たちが高い台座の上の椅子に並んで座って、教皇がひざまずかなくてもすむようにするのが普通だった。

B16の時も、お付きの人が金の盥を聖職者たちの足の下に差し込み、教皇が金の水差しで足に水を注ぎ、その後でお付きの人に渡された布で水をぬぐっていくという感じだった。

それでも、ローマ法王が聖ピエトロ大聖堂で中高年聖職者たちの差し出す裸足を洗うという図は、なかなか印象的なものだ。

フランシスコ教皇は、それをもっとラディカルに、本物の受刑者のところで、本当にひざまずいて足にキスしてまわったのだ。

「足にキス」で思い出すのは、「罪深い女」が食事中のイエスに近寄って足を涙で濡らし、髪でぬぐい、接吻してから香油を塗った(ルカ7-38)というシーンだ。

今回、教皇から足を洗われるために「選ばれた」12人の受刑者の罪は窃盗、殺人、レイプなどで、カトリック、ムスリム、正教などが混在し、そのうちの2人は女性(イタリア人とムスリムのセルビア人)だそうだ。

教皇がムスリムでもある犯罪者の少女の足に接吻するというのはシンボリックな含意が何層にも重なっている。

イエスはもともと、天国に行く人とは、「飢えている人に食べさせ、渇いた人に飲ませ、病人を見舞い、牢に訪ねた人」であり、その飢えている人、病気の人、牢にいる人などこそが他ならぬ自分なのだという意味のことを教えている。(マタイ25 : 35-40)

つまり、教皇が刑に服している少年たちの足を洗うばかりか接吻までしているのは、彼らの中にイエスを見て、罪の女がイエスにしたようにキスしているのだとも言える。

少年たちの足を洗う前に教皇はこう簡単に説明した。

「一番上にいる者は他の人に仕えなければなりません。それが司祭として司教としての私の義務です。私はあなたたちのためにいます。足を洗うのはイエスの愛撫です。イエスはそのために来たのです。仕えて、助けるために。」

「イエスは仕え、助けるために来ました。そのことをよく考えましょう。私たちはほんとうに他の人に仕える気があるんでしょうか」

洗足の儀式を終えた後で聖木曜日のミサを司式して、前に進んだ者には、はじめて手ずから聖体パン(ホスチア)を配った。

その後で体育館に集まった100人以上の若い受刑者(ムスリムや正教も含む)とイタリアの法務大臣の前で、こう言った。

「希望を奪われてはいけません。分かりますか。希望を持って前進するのです。私は心を尽くしてここに来ました。心のことはことばで説明できません。あなたたちは私に、司教としての義務である謙虚の心が深まるように助けてくれました。」

この話はそれだけでもなかなか感動的だと思うが、私はちょうどシスター・マルグリットのことを考えていたところだったので、「あっ」と思った。

シスター・マルグリットというのはフランスの愛徳姉妹会のシスターで、長い間コンゴで無償の初等教育の普及に尽くしてきた人だ。

コンゴが内戦でひどい状態になっていた時にも、周りの反対を押し切って踏みとどまって、弱者の未来は教育にしかないという信念を貫いた。

87歳の今もまたコンゴに戻ることしか考えていない。

とにかくすごい人なのだが、その彼女が、

「ヘルプ」と「アシスト」を混同してはいけないと力説している。

それを間違う人道団体が少なくない。貧困者や弱者が必要としているのはヘルプであり、しかもそのヘルプとはいつも相互的なものだというのだ。

その文脈では、アシストの方は、依存状態をつくるという。

私には、この「違い」が分かるようでわからなかった。

なぜなら、日本語で「ヘルプとアシスト」の違いというテーマでは必ず、サッカーでボールをパスしてアシストして次の人がシュートできるようにするという例などが出てくるからだ。

「ヘルプ」は助けることであり、「アシスト」は手伝うことなので、アシストを受けた人の方が達成感があるという。つまりアシストの方が教育的であるかのようだ。

ヘルプは何もできない赤ちゃんを親がすべての世話をするイメージだともいう。

子供の靴ひもを結んでやるのがヘルプで、結び方を教えてやるのがアシストなのだと。

つまり、なんでもヘルプばかりしては相手が進歩しない。

災害ボランティアや支援の場面でも、いつまでも「ヘルプ」を与えているのでは自立心を損なう、国や自治体の支援のような「ヘルプ」には限りがあるので時機を見て「アシスト」に移行しなくてはならない。

「ヘルプ」は相手を信じていない上から目線で、「ヘルプ」を与える人の自己満足や達成感につながり、
「アシスト」は相手を信じて能力を引き出す。

これは上司と部下の関係にも応用できる。助けを求める方にも罪悪感や劣等感が生まれる。

などなど・・・。

こういう解説を読んでいると、なるほどと思ってしまうのだが、それではどうも、シスター・マルグリットが

「ヘルプ」が相互的で「アシスト」は依存関係を定着させる

というのと、真逆じゃないかと考えていたのだ。

でも、シスター・マルグリットの言うことは、きっと、正しい。

彼女の生き方全部、その業績のすべてが彼女の解釈の正しさを示しているからだ。

「ヘルプは自立を損なうからアシストに移行せよ」などという考えの方は、生活保護費を減らせとか復興援助を減らせとかいう議論にとって便利そうなところもあやしい。

何か、おかしい。

私が最初に考えてみたのは、こういう時にいつも便利な、「猫との異種共存の日々」から類推することだった。

うちの猫はトイレの砂も変えられない、猫缶も開けられないし、猫缶を買ってくることも買う金を稼ぐこともできない。赤ん坊ならいつかは成長して自立する見込みもあるが、猫が絶対「できないこと」は分かっている。

猫にできないことをやっているのはアシストでなくヘルプだ。

でも猫はヘルプを求めることに劣等感を持たないし、こっちも上から目線もなく、達成感とかも問題にならない。

では、何が楽しくて猫様に「仕えている」のかというと、それはもう、確実に、多くのものをいただいているからだ。

私たちはアシストし合っているのではなく、ヘルプし合っている。

うーん、こう考えると、シスター・マルグリットの言うことが少し納得できる。

などと思っていた時に、

このフランシスコ法王の言葉に出会ったのだ。

彼は「仕え、助ける」のが自分の義務だと二度言い、最後に

「あなたたちは私に、司教としての義務である謙虚の心が深まるように助けてくれました。」

と少年受刑者たちに言った。

「ヘルプ」は相互的だったのだ。

シスター・マルグリットのいう「ヘルプ」とフランシスコ法王のいう「ヘルプ」は明らかに同じ言葉である。

彼らはブエノス・アイレスの貧民地区でもコンゴの貧困と絶望の中で、人々を「アシスト」したわけではない。
「ヘルプ」していたのだ。そして、助けられていたのだ。

キリスト教のこういう逆説は、サッカーや教育学の考え方とは全く違うものかもしれないけれど、ボランティアや災害支援などのシーンでは何か根本的に大切なものを語っているような気がしてきた。
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by mariastella | 2013-03-30 05:09 | 宗教
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