L'art de croire             竹下節子ブログ

フランシスコ教皇その後

先の日曜日、復活祭の昼のUrbi et Orbiで、聖ピエトロ大聖堂のバルコニーに姿を現した教皇は、スピーチの後で、これまでのような65カ国語によるあいさつを省略した。

ヨハネ=パウロ2世がポーランドで話すとポーランドの巡礼者がわっとざわついたり、ポルトガル語であいさつするとブラジル人が、フィリピン語であいさつするとフィリピン人のグループが旗を振って歓声を上げるなどしていた光景が、今となってはなつかしい。

日本語もちゃんとあって「ご復活、おめでとうございます」みたいなあいさつがされていたっけ。

今回、新教皇が母国語のスペイン語で何か語りかけていたら、ラテン・アメリカからの巡礼はさぞや感激したと思うが、そういう人気取りは考えていないらしい。

そんなわけで生中継にもの足りない気持ちがしていたが、その後に続いた番組で、枢機卿たちがコンクラーベの様子を語り始めた。カナダやスロベキアの枢機卿を含むフランス語で話す枢機卿たちのコメントである。

みながこんな風に気軽に語るところを見ると、フランシスコ教皇がどうぞお好きなように、とでも言ったのかもしれない。

巷の予想とは最初からまったく違っていたこと、有力候補だとされていた枢機卿(名前はさすがに言及されなかったがイタリアのスコラ枢機卿だろう)には一票も入らなかったこと、ベルゴリオ枢機卿の得票数が70を超す頃にベルゴリオが不安を覚えて消極的になったていたが枢機卿みんなで支えるから大丈夫だと励ましたこと、ついに選ばれた時に、自分は罪の塊りだが、その罪を購うつもりで結果を受け入れると言ったことなどが次々とコメントされていた。

枢機卿たちはみなリラックスして、コンクラーベの結果に満足しているように見えた。

まあイタリアの枢機卿がイタリア語で語ったら別のニュアンスがあったのかもしれないが、コンクラーベでも数の上ではイタリア人枢機卿が圧倒的に多かったのだから、彼らもベルゴリオを支えるという流れに与したのだろう。

新教皇はシンプル過ぎてカリスマ性がないなどと批評する人もいるのだが、最終的には、表面的なプロトコルよりも、水面下で国際社会にどうコミットメントするかが一番の課題になるのかもしれない。

「カトリック教会」そのものは巨大過ぎていくら教皇でも大きな流れを変えることは難しい。

これからは教皇を頂点にする完全なピラミッドではなくもっと地方分権を、などと言われるが、すでに、統制のとれていない部分はいくらでもある。

次の日のテレビ番組でも言っていたが、

世界中のカトリック教会で、毎週の日曜に聖書のどの部分を読むのかというところまで決まっているという意味では中央集権に見えるのだが、小児の性的虐待事件を長い間もみ消してきたアメリカやアイルランド大司教区があったり、西アフリカの司教区が特定の相手に金を分配していたり、ヴァティカンの手の届かないところで不祥事を許しているという点では地方の力は十分に大きい。

逆に、ヴァティカン銀行が脱税の金を扱っているなどのスキャンダルは、ヴァティカン市国という国のスキャンダルではあっても、「カトリック教会の富」とは直接の関係がない。

待たれているヴァティカン内「改革」にもいろいろなレベルがあるので、一筋縄ではいかないのだ。

今フランスではカトリック還りが起こっているそうで、今年の復活祭は近年で最高のミサ出席率が記録されたらしい。

最近、スイスの銀行に隠し口座を持っていることを公に否認していた社会党政権の予算大臣が辞職し、その後でついに嘘を認めて社会党からも除名された。

今の社会党のエリートたちが「清貧」だなんて誰も思っていないし、「公約の嘘」も次々と露見しているのだが、こういう「分かりやすい嘘」でつまづく政治家を見ているとやはり失望や怒りの声が上がるようだ。

テレビのニュースでは、ホワイトハウスでは大臣の資産などの個人情報があらかじめ根掘り葉掘りチェックされるのだと、アメリカのピューリタンのメンタリティを賞賛するようなレポートを流していた。

ま、嘘さえつかなければ、合法的であれば、いくら資産があってもいいわけだから、別に正直だからといって社会の貧富の格差問題が解決するわけではない。

そういう政治の世界に蔓延する金権主義やご都合主義と比べたら、ローマ教皇や枢機卿たちなんて、みなそれなりに信頼がおけそうな人たちに見えてくる。

世俗の富や権力やその継承にまつわる競争の「圏外」にいる人々がいつの時代にも一定数存在することは、この世界できっと何か本質的な意味を担っているのだろう。
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by mariastella | 2013-04-04 07:57 | 宗教
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