L'art de croire             竹下節子ブログ

教皇フランシスコと「辺境」

新教皇フランシスコは、コンクラーベ前の枢機卿会議でみなの心を動かしたというスピーチの中で、

教会が自分の通常のテリトリーから出て、遠隔の周辺領域、境界領域に踏み込んで福音宣教しなくてはならない

と言っている。

その「遠いところ」とは、貧困や罪や痛みや不公正や無知がはびこり、思想や宗教が軽んじられているところである、と言う。

復活祭の夜の説教では親称を使って、

「今まで君がイエスから遠ざかっていたなら少しだけ前に出てみたまえ、両手を広げて迎えてくれるよ、もしも関心がなかったのなら、リスクを冒してごらん、決して失望はしないよ」

と語りかけた。

ヨハネ=パウロ2世の頃から、「新しい福音宣教」が謳われて、特に、どんどん宗教離れしていくヨーロッパでキリスト教を回復させようという意味が多かった。

けれども、今、たとえばヨーロッパの先進国で、ゲットー化して貧困や犯罪や無知がはびこっているのはいわゆる「移民地区」であることが多い。

フランスでは特にマグレブ3国(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)からのムスリム移民の2世3世が、都会の周縁で、学校からもドロップアウトしてドラッグに手を出している無法地帯というイメージがある。

もう一つのイメージ(特にメディアの伝えるもの)は次のようなものだ。

彼らの両親はまじめに働くことで精いっぱいで、自国の文化や伝統や宗教に基づく教育に手が回らなかった、そういうところに、イスラムの過激派、テロリストたちが侵入し、彼らを「洗脳」し、イスラムの大義のためにテロリストに仕立てるためにアフガニスタンに送って訓練し、聖戦の兵士に仕立てる。
これらのことは、

「宗教や思想に居場所がない無法地帯に、宗教の名を借りた組織が入り込んできたら強い」

ことを意味するのだろうか。

あるいは、将来の展望もなく社会の底辺で軽犯罪を繰り返しながら生きていた青少年たちは、自分たちに関心を持って道を示してくれる「宗教」の力の前では自己防衛力がなくて、たやすく利用される、ということだろうか。

こうなると、宗教があって安定した秩序が保たれている方がいいのか、フランスの共和国的普遍主義で移民の子供を徹底的に統合する(しかし多くは失敗する)のがいいのかよく分からない。

もともと伝統的な「宗教による秩序」というのはヒエラルキーがあって、さまざまな禁忌や規制によって秩序を保つものの、個々の成員の「基本的人権」は平気で侵害されていることが多い。

それを理念の最上位に据えたのが共和国主義だったはずなのだが、「共和国主義」も、共和国原理主義となると、個別の共同体内のルールにまでも干渉するので、移民によって共同体の絆が緩んだ社会的弱者の世界には、昔ながらの規制がなくなる上に、共和国理念に追いつけない実情としての被差別だけが残った。

そこに、もちろん、ルサンチマンが生まれる。

テロリストが侵入して「兵士」を育てるのに有利な状況だ。

スピノザがユダヤ人についてすでに言っていたように、多くの宗教は、そもそも、宗教儀礼が政治の補助道具として発達してきた。

モーセの法は「政治の法」だった(ユダヤは国家や血族がなくなったからその「法」は、その後、宗教とも政治とも遊離した伝統だけが残っていく)。

キリスト教の方は、政教分離を基本にして出発はしたのだけれど、その発展においては、長い間、聖俗の権力が互いに宗教的権威を利用しようとした。

近代以降にヘーゲルがキリスト教的自由を世俗化して法を普遍化する展望を明言して、キリスト教ヨーロッパは、事実上、政教分離というより「宗教の廃止」こそが「すべての人間の解放」を実現するのに必要であるとの結論に至ったのだ。

そういう意味では20世紀のヨーロッパで起きた反ユダヤ主義は、アーリア人による民族差別やキリスト教による宗教差別というより、伝統にこだわる集団への「民主主義的」差別、「自由主義的」迫害だったと言える。

しかし、その結果ホロコーストが起こった。それへの反省からどうなったかと言うと、イスラエルに関しては、選挙という民主主義の形態が確立している限りは、「政教分離」に関しては曖昧のままでOKという西洋諸国の国際的合意ができてしまったのだ。

でも、最初から法の体系と宗教が分かちがたく結びついているイスラムに関しては、イスラム国の政府が「シャーリア法を憲法に反映させる」と言うだけで、西洋諸国は、原理主義、テロリズムのリスクと結びつけて大騒ぎになる。

一方、自国内のムスリム系移民の共同体の「伝統崩壊」の状況は、まるでそれが、「共和国教」が根付いたしるしであるかのように錯覚を起こして放置しておいた。

ところが、そういう「伝統減圧地帯」には、それこそ本物の過激派だのテロリスト集団などがやってきて、「基本的人権」を蹂躙する絆や理念を提供してしまうのだ。

今のローマ・カトリック教会が

「無宗教の貧困地帯に宣教に行ってキリスト教化しよう」

というのは、ニュアンスがもちろん違う。

そもそも西洋近代の「基本的人権」云々の概念そのものが、「キリスト教理念の世俗化」の過程の中で生まれてきたものだからだ。

それでも、「キリスト教以外の伝統宗教の荒廃につけこんで宣教する」のか、という感じはやや残る。

もっとも、大事なのはその内容であり、過去にカトリック教会がその理念に反して犯してきた過ちをそこで繰り返すというのは論外である。

それでもカトリック教会があえて辺境に「乗り出す」というのには多少意味があるかもしれない。

そのような辺境は、実は、すでにキリスト教系新興宗教のマーケットになっているからだ。

その中には、理念としては「絶対平和主義」のように絶対にテロリスムに結びつかない点では安心だし、弱者の互助組織として十分機能しているものもある。

しかしそういう暴力抑止力のある宗教は、同時に禁忌も多くて、共同体の保護を受けるためには同性愛者を悪魔視したり、共同体への忠誠を絶対化することを共用したりして、個々の成員の自由を奪うことが多い。

そういうものに比べたらまだカトリック教会は、これまでの「失敗例」への「反省」が多い分、「救い」と「創造的解放」のバランスのとりかたがうまいのではないかとも思う。

神学者レミ・ブラーグは、

「教会、聖職者、信者を混同するな。キリスト教のこの2000年の長い歴史の中で「完成品」は聖人だけだ。聖人だけが教会の存在の目的を実現した。十字軍やら異端審問官やらコンキスタドールやら植民地主義者を模倣せずに聖人だけを手本とせよ」

と言っていた(この人が2012年のラツィンガー神学賞を受賞しているのだ)。

新教皇フランシスコが、アッシジの聖フランチェスコという「聖人」を手本にして「辺境」へ進めという限り、希望はあるのかもしれない。
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by mariastella | 2013-04-08 00:06 | 宗教
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