L'art de croire             竹下節子ブログ

ファルハーディの『ある過去の行方』(Le Passé)とキャビア

カンヌ映画祭の上演と同時に公開されたアスガル・ファルハーディの『Le Passé(過去)』を観る。

前作の『別離』の後でマリオン・コティヤールを主演にしてフランスで撮るといっていたのが、辞退されて(彼女はジェイムス・グレイのアメリカ映画『The Immigrant』を選んだからだ)、ベレニス・べジョ(『アーティスト』のヒロイン)が起用された。キャスティングの際には、台詞を言う必要がなく口に綿をつめたり眉を動かしたりなどのテストがあったそうだ。しかし、こうして見るとべジョ―とコティヤールには確かに似た雰囲気がある。

『アーティスト』とはまったく逆のシチュエーションのヒロイン役をこなす演技力はなかなかのものだ。

男優の2人は『別離』のペイマン・モアディと『預言者』のタハル・ラヒムですでに名優の域に達しているし、子役がまたうまい。

パリの郊外に住んで、パリの薬局で働くマリー(ベレニス・べジョ)は、長女の父であるベルギーに住む男の後で少なくとも2人パートナーを変えた。
前夫はイラン人だが2カ国に同時に根を下ろすことができなくて4年前にテヘランに去った。

マリーは、薬局の近くでクリーニング店を経営するアルジェリア系の男と恋仲になり、妊娠したので、前夫アマードにイランから来てもらって正式な離婚手続きを終える。

といっても、相手の男は離婚できない。

うつ病だった妻が自殺未遂で植物人間状態だからだ。

男は6歳の息子と共にマリーのうちに住んでいるが、ホテルに泊まるはずだったアマードもかつての「自分のうち」にやってくる。

マリーは6歳の子とも、16 歳の長女ともうまく行っていない。妊娠していることを長女に隠していたし、長女も含めてみなが少しずつ秘密を抱えている。

真相が少しずつ分かっていく時のサスペンスはこの監督の持ち味だ。

純粋な「悪意」の持ち主をほとんど登場させないでこのような錯綜した悪と不幸の連鎖を創る手際は相変わらずすばらしい。

移民とか違法労働とかフランスならではのリアリティもある。

(ベレニス・べジョ―はアルゼンチンの移民でラテンぽいし、男優2人はアラブ人とイラン人、子供はみなそれぞれハーフという設定だからみんな「人種」が微妙に違うわけで、イラン人のなまりと、重要な役を果たすクリーニングやの店員の「なまり」も違うのだが、普通の日本人にはなんだかみな同じように漠然と「西洋人」風に見えてニュアンスが全部は伝わらないかもしれない)

ハンナ・アーレントが「悪の陳腐さ」と形容したように、「巨悪」と呼ばれるものですら、根が深いものではなく、実は浅い。まさにその浅さによって軽々と伝染していき、規模が拡大して「巨悪」になる。

この世の悪とか個人の悪意とかも、実は根は「浅い」のに、ひょいと足元をすくって全人格を変貌させたり全人生を崩壊させたりするのだ。

イランから来た前夫だけが「他者の目」によってひとり落ち着きを見せているが「当事者たち」は全員が叫んだり怒鳴ったり暴れたりする。
だからなおさらその合間に挟まれる「沈黙」のシーンが濃密で緊張をはらむ。

男2人が向かい合って待つシーンや同じベッドで寄り添う母娘のシーンやメトロの中の父と息子のシーン、そして、ラストの、もの言わぬ妻の病室を去った後で出口に向かって歩きながらあることを思いつくまでの夫一人の後ろ姿とその後で妻の手をとるシーンなどだ。

シナリオが饒舌過ぎ、うま過ぎ、やり過ぎという批評も必ず出るのだが、古典悲劇やバロック悲劇の構築性が好きな人には何の問題もない。

『別離』が気にいった人はこの映画にも絶対に後悔しないだろう。

ちょうど先日、イラン人とフランス人(スペイン系でありラテンぽい)のカップルと15歳になる彼らの一人娘と共に食事した。娘は父親にそっくりで、この映画に出てくる16歳の娘とも似ている。イランとフランスを行き来するためのパスポートの話題が出たので、私はマスード・バクシの映画について語ったのだけれども、さすがに、この『ある過去の行方』についてコメントするのは、はばかられた。

同席していたもう一人のイラン人は、先週2週間の予定でパリに来ている元水産業の人で、1980年に札幌に1ヶ月滞在してカスピ海産の高級キャビアを水産展か何かに出品したそうで、別れ際にキャビア(50g)の小缶をそっと渡してくれて「さよなら」と日本語で言った。すでにホメイニ革命の後だったのだが、日本とは交流が続いていたのだ。

その人の持参したキャビアをいっしょに食べながら、私が以前はパリのペトロシアンに行っていたと言ったら、ペトロシアンのものもイランのキャビアなのだ、カスピ海の南側で採ったものの方が水温が高いのでいいキャビアなのだ、昔も今も国が全面的に管理している、と力説された。

札幌にはイランからいろいろな水産品を持っていったのだが、日本にはすべてがあって珍しがられず、、キャビアだけがすごい人気だったのを今も覚えているという。

今、キャビアの値は高騰している。

パリにいるその人の弟は、カスピ海の岸にある絶景のアパルトマン(150平米)を近く購入する予定だそうだが、日本円にして650万円くらいだ。
高級キャビア10kg強という感じで買えてしまうわけである。

カスピ海を思い浮かべながら暗灰色のキャビアを、さて、何とつけ合わせて食べようかと思案中。
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by mariastella | 2013-05-21 06:30 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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