L'art de croire             竹下節子ブログ

ノートルダム大聖堂で自殺した人

火曜日の午後、観光客ら1500人がいあわせたパリのノートルダム大聖堂の祭壇前で、祭壇に1通の手紙を置いた後で、78歳の男が口中に発砲して自殺した。

ドミニク・ヴェネールという極右のエッセイストで、近刊予定が『Un samouraï d'Occident(西洋のサムライ)』というものだそうで、三島由紀夫の信奉者だったらしい。

フランスがアラブ・アフリカからの移民に浸食されてイスラミストの国になることを恐れ、単に抗議するだけでなく自身を犠牲に捧げることで人々を覚醒させたい、ということらしい。

その日のブログでそのような動機を詳しく書いている。

これについて、極右国民戦線党の党首もその動機は「フランス人の目を覚ませるため」だとコメントした。

カトリック教会は口を閉ざした。

「いい迷惑だ」と思っているのだろう。

実際、カトリック教会はその国境のない普遍主義の理念に従って、不法移民の保護などをしているので、ドミニク・ヴェネールからもはっきりと「敵」扱いされているのである。

それなのに敢えてノートルダムの祭壇前で自殺したのは、儀式の効果と共に、もちろんメディアに大きく取り上げられることを願ってのことだろう。

ニュース専門のBFMTVは、メディアのスターでもあるアラン・ド・ラ・モランデ神父を招いて語らせることに成功した。

神父はすぐにヴェネールを「心の壊れた人」だと決めつけ、人の命は人に属さないで神に属するものだから、今も昔も自殺は神に反する暴力行使だと言った。

そして、自殺とは絶望の好意で希望の行為ではないから人々を覚醒することを期待するのは筋違いだ、昼間のノートルダムを選んだことで自分ばかりでなく多くの人を同時に傷つけた、と言った。

そして、

「絶望するのは間違っている、私はヴェネールと同じ78歳だが、命は私の前途に広がっている」

と、生き生きして楽しそうに語った。

2人とも、アルジェリア戦争に従軍した同じ過去を持つ世代なのにこうも違うのか。

パリではその数日前(5/16)に7区の私立幼稚園の中で50代の男が子供たちの前で自殺するという事件(思想的背景はない)が起きていて、その記憶も新しいので、昨今の失業増大や不景気と合わせて、なんだか希望のない話題ばかりで暗い気分になっていたのだが、ド・ラ・モランデ神父のポジティヴな力強い表情を見ていたら元気づけられた。

フランスのカトリックは今や古臭そうに見えるが、彼らを見ていると本質的に前向きでオプティミズムに満ちている。

カト的には、あらゆるノスタルジーはニヒリズムと親和性がある。人は、新しいものに生まれるという展望と共にある時にだけ今の生(それは新生児時代だったり幼年期だったり学生時代だったりする)を手離して死に臨むことを平穏に受け入れられる。

年をとっても前向きにオプティミズムと共に生きると決めたとしよう。
運よく長生きしたら楽しい時間が長く過ごせるし、途中で意外に早く死んでも短い時間を楽しめたことになる。

反対に、もう後がないと思ってびくびくしながら生きるとしたら、長生きすれば、その長い月日を楽しめなくて台無しにすることになるし、早く死んだら短く苦しく生きるだけだ。

だとしたら、「明るく生きると決める」方が、絶対にお得である。

「年とっても意気軒昂」型の有名人たちはみんな遺伝子強者でラッキーな人たちなのだから自分とは関係ないと今までは思っていたのだけれど、この神父を見ていると、いくつになっても希望を持って生きる姿勢というのはそれ自体が健康法であるばかりか、周りの人をも元気づけるのだとすなおに受け入れられる。

同時に、ニヒリズムというものがどういうものなのかも実感として分かった。

自分と世界の有限性を意識した時、ありのままに受け入れるのはなかなか難しい。

無限を信じてそちらが「来世」なのだと信頼して生きる人もいれば、有限を恣意的に断ち切る意思にのみ存在の手応えを託す人もいる。

まずは、形だけでも、今の生はまだまだ続くのだと明るく生きることで、アラン・ド・ラ・モランデ神父にもらった「福音」のおすそ分けを他の人とも分け合いたい。
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by mariastella | 2013-05-24 00:40 | 雑感
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