L'art de croire             竹下節子ブログ

黒いロマン派

オルセー美術館でやっている「黒いロマン派――ゴヤからマックス・エルンストまで」という展覧会がもうすぐ終わるのでついに行ってみることにした。

予想を裏切らない、というか予想そのまんまの内容だったので、カタログを買っただけでOKだったような気がしている。

フランクフルトでやった展覧会がパリに来たもので、ドイツ側の集めたものも充実しているし、ビクトリア朝のイギリス的なもの、ドイツの小ロマン派的なもの、フランスのエゾテリックなものやシンボリズムなど、いろいろな流れがたっぷり見られる。

個々の作品はすでにあちこちで見たことのあるものが少なくなかったし、構成・演出としてもあまりインパクトがなかった。

黒いロマン派というのは要するに、蝶よ花よのロマンティックなロマン派でなく、幻想的でも悪魔や背徳や頽廃や倒錯や異教趣味に傾いたものだ。

でも、今の時代に「暗いロマン派」にぞくぞくする人なんているのだろうか。

シンクレティックでオカルティックな流れと19世紀末の文明技術革命への抵抗とペシミズムと貴族趣味が絡み合っているところも、今となっては、ゲームの世界みたいだ。

ゲームがなかった時代には、若者はゴシック・ロマンにも夢幻的な小説も神秘主義にも高踏派にも審美主義にもわくわくさせられてきた。

そんな若者だった過去を持つ自分も、今は、この手の表象を前にして末梢神経的な意味では何も感じない。

18世紀末のサド侯爵の世界からボードレールなどを経て19世紀末のユイスマンスやらリラダンやらバルベイ・ドールヴィリまでの100年間、その間にヨーロッパと植民地に起こったことを20世紀に位置づけて、さらにそれからまた次の100年が経った20世紀の世紀末を自分で体験したことではじめて見えてきた流れというものがある。

カタログの中にあったCôme Fabroという人の「 Le romantsme noir à l’heure symboliste 」という論文に1841年のハイネの『Atta Troll』という詩が引用されていて、そこに、「ピレネー山脈を越えたら1000年遅れている蛮人の世界だ」という意味のことばある。ゴヤのスペインって、そのように見られていたのだ。ナポレオンがイタリアに配慮し、エジプトにも配慮したのにスペインには配慮しなかったのはそういうペースがあったからなのだろうか。

西洋ロマン派というとオリエント趣味などを連想するが、ヨーロッパの内部でも充分にカルチャーショックがあったわけだ。

当時の芸術家にとってはギリシャ神話の女神と、北欧神話の女神と、旧約聖書のヘロデ王の妻と、三人並べればもう、くらくらするようなシンクレティスムである。

ゲーム世界を渉猟してきた今の若者たちの異文化受容キャパシティには及びもつかない。

でもまあ、情報が少なくてタブーの多いほど密度や思い入れは濃くなるものだ。

特にルネサンス以来はアートのテーマというと愛とか美とか徳が追求されていたのに19世紀にはそれががらりと変わった。

愛や美は理性と計算によって生み出す付加価値で、手を加えない自然(や生の人間性)とは残酷なものである。

で、たとえばサディズムも男が女を痛めつけるものから、100年経てば、ゴルゴーン(メドゥーサ)、スフィンクス、エヴァ(アダムとイヴのイヴである)などの「自然=女」が蛇を従えながら男たちの生き血をすすりはじめるものへと変わっていった。

今や、どちらの形も、やれやれ、ミソジニーの両面だなあと思う。

わずかな情報を脳内錬金術ですごいものに変換していた時代と、エゾテリックなものもダークなものもオカルトなものもすべてウェブでテイクアウトできてしまう時代では脳の報酬系の反応が全然違ってくるのも不思議ではない。昔ロマン派が夜の闇の中だけで夢みたものは、今はPCのモニターの中でサーフできるので、むしろ昼間の道端で見かける猫の姿だとか、聞こえてくる鳥の声などの方に新鮮な驚きを誘われる。
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by mariastella | 2013-05-27 01:35 | アート
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