L'art de croire             竹下節子ブログ

保守は偶像を必要とするのか

数日前の朝のラジオで、ジャーナリストたちが、今の野党である保守UMPの党首選(2017年の大統領候補予備選にもつながる)にまつわる混迷について語っていた時のことだ。

社会党ではすんなりいく予備選がUMPではうまくいかない理由として、そもそもフランスの保守では、複数候補から民主的な民主的に選ばれるというのがなくて、自力で強引に地位をとりにいくタイプがトップに就くのが伝統だからだと言っていた。

ナポレオンしかり、ドゴール、シラク、サルコジしかり、だそうだ。

そう言われればそうかもしれない。

それに対して左翼の陣営は一人のカリスマが突出していることがない。
合議制でうまくいくこともあれば分裂することもある。

フランス革命だって、革命のヒーローというのは定着しなかった。

ナポレオンの出現を待ったのである。

今のフランス政治でキャラの立っている人は極右のル・ペンだとか極左のメランションなので、真逆の立場なはずなのになんだか似てきて、政権を握る社会党の対抗勢力に見えてくるから不思議だ。UMPは影が薄くなっている。

フランス革命で王も教会も失って砂漠のような恐怖時代に突入したフランス人の前に「神」のように自分を演出したナポレオンが出てきた時に、人々は崇拝の対象を見つけて夢中になったのだ。

それに応えたナポレオンは、共和国の守護神としてふるまったが、旧体制の皇帝の猿真似をせざるをえなかった。

その運命の頂点への駆け上りと失墜はまさに神話的なのだが、この人は、仲間内の裏切り者を罰するということがなかったのだそうだ。妹たちをはじめ、周りにいるありとあらゆる人たちから常に妨害を受けていたのに。「裏切り者」が「裏切り者」になる前に共に築き上げてきたものの聖性を壊したくなかったのだろうか。

ただの独裁者ではない。

で、最終的に失墜した後も「後悔」は口にしなかった。

「泣き言というのは自分の尊厳にも性格にも悖る、私は命令するか沈黙するかである」

という言葉を残した。



  
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by mariastella | 2013-06-03 02:16 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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