L'art de croire             竹下節子ブログ

シリアとトルコの今

6月10日、イギリスに拠点を置くシリア人権監視機構( 英国政府の支援を受け、シリアからの亡命者とも近い)が、石鹸で有名なアレッポで起きた事件を記事にした。

路上でコーヒーを打っていた15歳の少年が、「もしムハンマドが生き返ったとしても自分は…しない」と冒聖の言葉を使ったということで、シリアの反政府軍が背教者だと宣言して(シリア鉛でなくクラシックなアラビア語だったそうだ)と公衆の面前で処刑した。

処刑の前に暴力を振るわれた跡もあったという。

フランスとイギリスは、そんな反政府軍に武器を提供するかどうか迷っている段階なのだから、重大な所見ということになるだろう。。

そもそも今や完全に内戦状態のシリア情勢を「アラブの春」のカテゴリーで見ようとしてきたヨーロッパの方に問題がある。

「アラブの春」の名にふさわしかったのは2011年初頭のチュニジアとエジプトだけだった。

その春にも今や秋風が吹いている。

その後、フランスのリビアへの介入はカダフィが裁かれるような事態になれば自分の身が危ないと感じたサルコジの保身が後押しした気配が濃縮だった。それを正当化するために「アラブの春ドミノ倒し」理論をシリアに適用しようとしたのかもしれない。

アラブではないがイスラム国でこれまで政教分離路線をとっていたトルコのイスラム寄り政権に対する反政府デモも過激さを増してきた。

「アラブの春」にとって、トルコは、イスラムと政教分離、イスラムと民主主義が両立するというロール・モデルであったのに。

オスマン帝国を近代化するという共和国の父ムスタファ・ケマルの精神が根づいていたと思っていたが、10年前から政権についたAKPイスラム系政党は、少しずつイスラムの特権を強化していった。教科書的な「非宗教系ライシテ(公共の場に宗教を持ちこまない)」を崩しながら、イスラム以外の宗教にはこれまで通りの厳しさを維持したからだ。

民主主義とは多数決だけではなく少数派のリスペクトを含んでいるはずだ。

今の首相が強面の権威主義的人物であることも人々の不満に拍車をかけた。

人々は平和的なデモをしたのに、その弾圧は容赦ないもので、国際メディアはそれを伝え続けている。

NATOやOECDの加盟国でヨーロッパと近い位置にありライシテや民主主義の意識の高い人々は自分たちが国際社会から支持されていることを自覚している。

日本人の目から見ても、タクシム広場を埋めるトルコ人の抗議の様子は、アラブ人やイラン人の様子とは違ってヨーロッパと似たような雰囲気がある。
違うのはやはり弾圧する側の重装備だ。

EUはもちろん弾圧を非難し、トルコ移民の多いドイツのメルケル首相も若者たちと話し合うことの必要性を強調し、反政府デモ隊に対するいかなる暴力もあってはならないと言い渡した。

こんなことが続けばフランスでの反イスラム感情がまた煽られるかもしれない。

トルコの希望は経済成長が順調なところだ。その余裕のおかげで、政治問題が宗教問題にすり替えられるというパターンを回避できるといいのだが。
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by mariastella | 2013-06-13 07:39 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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