L'art de croire             竹下節子ブログ

日本人の「教会結婚」を語る記事に思う

前に青山の大聖堂型結婚式場を見て驚いたことを書いたことがある。

私の若い頃にでも、結婚式はウェディングドレスというか「洋式」でホテルのチャペル風のところで、というオプションはすでに定着していたから、それがバブルなどを経て進化しただけだろうと思っていたのだが、フランスのある記事を読んだらもっと特殊なことになっていたようだ。

新郎新婦のどちらも「信者」ではないのに、プロテスタントの牧師(時には英語学校の教師のコスプレ)が英語をまじえて聖書の一節を読んだりする結婚式があるほかに、カトリック教会でも「祝福」という形の結婚式(もちろん秘蹟ではない)をやっているらしい。

1975年にヴァティカンが、日本教区に関する特別許可を与えたそうだ。

聖フランチェスコの祈りを加えるなど日本人好みのそれなりの形があるという。

教会の使命は扉を叩く人を迎えることだから、と担当司祭は語る。「教会は教会の扉を叩いたカップルに結婚の深い意味を明らかにして彼らの結婚を祝福する」という日本司教会議のパンフレットがあるそうだ。

カトリックでは結婚は「秘跡」の一つだから、普通は敷居が高い。

日本でも、「秘跡」としての結婚式を挙げてもらおうと思ったら5ヶ月にわたって1回1h30の準備クラス(担当の司祭といっしょに人生や意味や愛や信仰の意味について考える)を20回こなさなくてはいけない(東京の聖イグナチオ教区)とあった。

フランスでもそういうのはあるが2、3回で終わりということも少なくない(特にカップルの両方が堅信などのステップを済ませている場合やすでに教区の教会に通っているような場合)。

ともかく、今や日本では16%が神道式結婚、24%が宗教的な式なしで、60%が教会でキリスト教風の結婚式を挙げるのだそうだ。

キリスト教人口が1%もあるかないかの国としては異常な事態だと言える。

メンデルスゾーンの結婚行進曲がオルガンで弾かれて、ステンドグラスの間のバージン・ロードをしずしずと進むとか、聖書が読まれたり、教会を出る時にはバラの花びらが撒かれるとか花束を投げるとか、フォークロリックなものもすべて込みだ、というか、その雰囲気こそが大切なのだろう。

1990年代からそういう完璧な教会結婚式の演出が定着したそうだ。

アジアの非キリスト教国でここまでキリスト教の結婚式が人気なのは日本だけで、外国人宣教師らはみんな驚いているそうだ。フランスの記事にあったのは千葉県のマリアチャペル マリベール柏 (旧柏玉姫殿)というところで、1994年に玉姫殿からチャペルに変身したらしい。

神道式の結婚式もOKで年間300組の結婚式があるという。

式の場所や形さえ気に入れば宗教の中身なんてあまり気にせず、後は披露宴の豪華さがメインだと思う気持ちはなんとなく分かるけれど、形だけでもシンパシーを持ってもらえているなら、カップルには1年間はキリスト教系雑誌を定期購読してもらうとか、キリスト教側ももう少し積極的になればいいのに、と思ってしまう。

どちらにしても、「教会結婚」の魅力というのが日本ではキリスト教の中身とは関係がなくて、その「洋風」なところにあるのだとしたら、キリスト教がいつまでも「外来宗教」と思われていることになる。

せっかく、仏教と同じく「普遍宗教(救いの対象に地縁血縁を問わない)」だというのに、いつまでたっても

「毛唐の宗教」
「欧米植民地主義の宗教」

のようなレッテルが実はついて回っているのだなあというのがよく分かる。

キリスト教の「洋風」部分の商品化にはこれほど長けているのに、キリスト教のもっている「普遍宗教の文法」をうまく取り入れてキリスト教国との外交に生かしたりする方向はゼロなのは少し残念だ。
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by mariastella | 2013-06-14 00:36 | 雑感
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