L'art de croire             竹下節子ブログ

シリアとイラン そしてダロリオ神父のこと

ある雑誌(Le Monde des Religions/ N.60) で、パオロ・ダロリオ(Dall’Oglio)神父のインタビュー記事を読んで衝撃を受けた。

このイタリア人のイエズス会神父は、シリアに11世紀からあるマル・ムーサ修道院を1980年に改宗してカトリックとイスラムをミックスしたコミュニティを営んでいたが、バッシャール・アル=アサド政権を批判して2012年に追放された。

イラクに逃れた今でも、「シリア独裁政権を倒す革命軍」側にはっきりとついていることでいろいろな批判を浴びている。

シリアの反政府軍にはイスラム過激派が目立っているので、カトリックの神父が彼らを支援する過激な言辞を発し続けるのを見ていると、南米の「解放の神学」のイエズス会士たちのことを思い出してしまう。

まず、そのインタビュー記事のうち、いくつかのやりとりを訳してみよう。

--あなたの親革命軍という立場は、あなたと意見を異にし、対話によって紛争を解決しようと願う大部分のシリア人キリスト教徒たちを大いに心配させています。

--多くのシリア人キリスト教徒たちは現体制の犯罪の共犯者だということを知る必要がある。今の体制にいささかの反対も呈さないのは道徳的な見地から潔白ではない。それは犯罪的構造に与することになる。拷問、殺人、弾圧を許すことになる。善きキリスト者はそのようにふるまうべきだろうか?  シリアのキリスト教徒が、シリアの(紛争の)解決は反乱軍を徹底的に制圧することだと言うのを私は聞いた。つまり彼らは暴力的弾圧を呼びかけていることになる。

--けれども聖職者が紛争を対話でなく実力で解決しようと呼びかけるなんて矛盾していませんか?

--武器を手にしてイエスの名を唱えて死んだキリスト教徒はいくらでもいる。立派な大義のためにそうした人もいれば、もちろんひどい理由でそうした人々もいた。キリスト教が公的なことに関して急進的な責任を行使する能力がないなどと子供扱いするような考えがどこから発したのか分からない。ワルシャワのゲットーでキリスト教徒が一人でもユダヤ人を守ろうとして武器を手にして死んでいたとしたらなんと言われていただろう?ソビエトが河の向こう岸で待ちかまえているうちにユダヤ人を守るキリスト教徒がいたら…。今は、シリア人が虐殺されている間にヨーロッパは地中海の反対側で待っているのだ。
なぜキリスト教徒は力を使ってはいけないことになっているのだ?  
どうして武器を持つことが禁止されているのだ? 
キリスト教のこの天使ぶりはどこから来るのだ?
 私の会の創立者イグナチウス・ロヨラからではないことは確実だ。彼は武器こそ捨てたが、社会の安全を保障する必要を否定したことはなかった。そして、こうやって私たち非暴力のキリスト教徒の市民が話している間、私たちは核兵器によって守られているのだ。

--ローマ教皇はあなたのようにイエズス会出身ですよね。そしてアッシジのフランチェスコに特別の思い入れを持っています。そのフランチェスコはスルタンを表敬訪問しました。 あなたは教皇がもっとシリアに関わるべきだと思いますか?

--教皇は近東の有力聖職者や正教会の首長らによって完全に麻痺した状態にされているのだ。教皇がこの件について個人的な見解を持つことはできない。アルゼンチンのムスリムたちは教皇がムスリムに友好的で親愛を抱いていることからその選出を寿いだ。
けれども教皇はシリアの状況を知らないし、反政府軍側にいるキリスト教徒はヴァティカンにほとんど話をきいてもらっていない。アル=アサド体制擁護派の声だけが届いている。ベイルートのマロニットの主教やダマスカスの正教の主教は親アサドだ。ダマスカスのギリシャ・カトリックの主教も積極的に体制擁護の役割を果たしている。ヨーロッパ・カトリックの保守層に信頼されているあるシスターは体制のまわし者だし司教たちもみな反政府軍弾圧派だ…

etc…

うーん、この過激ぶりにはついていけないと思ったが、安全圏にいて「対話を、外交を」と言っている私たちが、冷静に考えるととても正気の沙汰ではない核の傘に守られているからきれいごとを言えているのも確かに事実だ。

一部のイスラム過激派とは違う普通のムスリムたちと共に祈りを通して同じ神に向かう宗教間対話を現場で何十年も続けてきたダロリオ神父の言葉だから重みもある。

第一アル=アサドが一体いつ頃からどんな独裁体制を敷いていたのかさえ私にはよくわからないのだ。

でも…

などと思いながらトロカデロ広場を通った時、強い風に抗しながらスタンドを設けようとしている女性の姿を見かけた。イランの反体制運動をしている人だった。

彼女はイランのイスラム革命によって虐殺された犠牲者20000人というアルバムを見せてくれて、あるページの下に並ぶ6人の顔写真を見せて、それが兄やら弟やらの家族なのだと言った。声が震えている。

私が
「でもロハニ大統領が選出されて雪解けの可能性も出てきたのでは…?」と質問すると、
「とんでもない、ロハニは両腕も両足も現体制のもの、そもそも最高指導者の許可がない限り大統領選候補にもなれない、イランが変わる唯一の道は現体制を倒すことにしかない」

ときっぱり言われた。

「あ、でも、イランはシリアのような内戦はまずいと判断して少しずつ着実な解放、開放を目指していると聞きましたが…」と言うと、他のメンバーが出てきて、「いや、体制の転覆以外に道はない、そして我々にはそれが可能だという見通しがある」と熱弁をふるいはじめた。

その「犠牲者の家族」という当事者たちの決意を目の前で見せられことで、私はダロリオ神父も現場でこういう固い決意をもつに至ったのだろうなと、なんとなく実感できた。

そこで、その時にいっしょにいた相手に、メトロの中で「シリアの反政府軍を支援するのは間違っていないのではないだろうか」、という話をふったら、

「革命によってイスラム過激派にシャリア法を課せられる結果になるよりも無神論の独裁者による秩序維持の方がましだ」と言われてしまった。

で、行きがかり上、私はダロリオ神父の意見を擁護することにしてみたのだが、そのまま相手とほとんど口論になってしまった。

「イランだって、王政を倒したイスラム革命で宗教原理主義の国になったからこれほどの犠牲者を出したのではないか、」と言われて「宗教は結局政治のツールにされているだけで、問題はもっと広義のパワーバランスにある」と反論しミャンマーの例をあげたら、ますます剣呑な雰囲気になったのだ。

トロカデロで話したイランの反体制活動家たちはいろいろなパンフレットをくれたが、「ミッテラン夫人も支援者だった、ほら、だれそれも我々の支援者だ」、などと、有名政治家たちとの写真を次々と見せて強調した。そりゃあ、アメリカがイランと険悪なのだから、アメリカ寄りの陣営はみな「反体制」で決まりだろう。
で、そのイランとシリアは友好的な関係にある。シリアやイラクやリビアの「独裁者」たちはもともと別に「無神論者」ではないのだ。

サウジアラビアのように親米的な王室が宗教の擁護者としてふるまうことで宗教権威と拮抗している国もある。そしてそれらの危うい均衡はその国の軍事状況や経済状況によって保たれているのだ。

このような複雑系の状況を、一体何を譲れない一線としながら判断していったらいいのだろう。
これまではそれが「非暴力」だと思っていたのだが、自分自身がこのヴァイオレントな世界で超ヴァイオレントな核の傘に守られているし、住んでいる国も生まれ育った国もヴァイオレントで理不尽な歴史を過去にじゅうぶん積み重ねてきた。その中では、ダロリオ神父のような人も義憤に駆られて戦ってきたに違いない。

反論しないことが唯一の良心であるようにすら感じてしまう極論や暴論も、たまには、ある。

私は、誰の、「共犯者」なのだろうか。
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by mariastella | 2013-06-30 08:48 | 雑感
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