L'art de croire             竹下節子ブログ

シリアのキリスト教徒

ようやくすっきり夏らしくなったパリで、パリ外国宣教会の中庭のマロニエの木陰でのピクニックに招待された。

私たちのトリオが10年前最初に日本に演奏に行った時、聖心女子大のチャペルでのチャリティコンサートをオーガナイズしてくれたオール神父が、現在の任地の函館から一時帰国していたので久しぶりに話した。
コンサートの後で連れて行ってくれた六本木のアフリカン・バーで若者たちと知り合えたことでトリオの仲間が喜んだことを話したら、「自分は不満だった。せっかくすばらしい音楽を聴いた後に太鼓の音でだいなしになった」とまるで昨日のことのように悔しそうに言った。

同席していた人にファリッドさんというシリアのギリシャ・カトリック教徒がいた。娘さんが最近フランスのカトリック教会で結婚したということでその写真をいろいろ見せてくれて、正教とカトリックとがどう分かれてきたかについて周りの人に熱心に話していた。

私は前回の記事でダロリオ神父について書いたばかりだったから、早速、反アサド軍についてどう思うか質問してみた。


すると

「やつらは神父や司教を虐殺した、私は絶対に反乱軍をゆるさない」

と言下に切って捨てた。

なるほど。

ダロリオ神父のような立場がマイノリティだということが確かによく分かる。

エジプトも選挙で民主的に選ばれたはずのイスラム兄弟団系の政府が倒されて国が二分されている。

イスラム兄弟団を支援する人は今回のことを「民主主義を無視した軍事クーデターだ」と言うし、

彼らを追い出したリベラルな勢力は「これは2年前のクーデターの続きだ」と言っている。

エジプトの状況をどう思うか、ムバラクとアサドとを比較したことがあるかについても、ファリッドさんに聞いてみればよかった。

でも、周りには私以外に、シリアのキリスト教徒としてのファリッドさんに今のシリアの状況の分析を聞いてみたいという好奇心のありそうな人はいなかったので、なんとなく気が引けてそれ以上聞けなかった。

パリ外国宣教会といえば長崎で隠れキリシタンに遭遇したプチジャン神父が有名だ。
ベトナムや朝鮮、中国、タイ、ラオスでは多くの殉教者を出している。

ベトナムでの殉教図によれば、迫害されたキリスト教徒たちは十字架を踏んで歩けば棄教したと見なされた。磔刑像ではないただの十字架だ。日本の踏み絵とは雰囲気が違う。

一般人の多くはこうして表向きは棄教したが、パリ外国宣教会から派遣された宣教師たちは最初から殉教する気満々だったのでもちろん踏まずに殺された。

殉教者の「聖遺物」を出さないように遺体は川に捨てられたのに、信者たちがこっそり船を出して遺体を救いあげている絵もある。そのようにして集めたさまざまな遺品が司教の手を通してフランスまで送り返されてきたのだ。

彼ら殉教者が植民地主義政策に結果的にどのような役割を果たしたのかという歴史的判断については、自分たちは保留するしかない、と30年の日本勤務を経て数年前に帰ってきた神父がしみじみと言った。

それを思うと、エジプトやシリアで今現在起こっていることの評価など、一体いつになったら可能になるのだろうと気が遠くなる。
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by mariastella | 2013-07-08 06:53 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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