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L'art de croire             竹下節子ブログ

フィリップ・ル・ゲPhilippe Le Guay監督の『Alceste à bicyclette(自転車のアルセスト) 』

8月末に日本に行くエアバスの中で、日米仏の三ヶ国の映画を一本ずつ観た。

日米映画については、その時は飽きずに見たのだが、私の中でもうほとんど何も残っていない。

アメリカ映画は今年のアカデミー賞受賞作品だが観に行く気がしなかった『アルゴ』。

手に汗握るスリリングなサスペンス映画としては、ハッピーエンドが分かっていてもなおおもしろい、さすがにアメリカの商業映画だと思った。

ホメイニ革命の様子も個人的に興味をそそられた。

でも感心したのは大使館員たちを避難させたカナダの役割だ。

これを見てはじめて、2002年から2003年にかけてアメリカがイラク侵攻を煽動した時に、隣の国でアメリカとの経済関係があれほど密なカナダが涼しい顔で断固反対を貫いていた理由がよく分かった。
ここ一番という時にしっかり恩を売ってあったから、アメリカからのプレッシャーなどものともせずに自主独立を保てるのだなあ。

 この映画を見てすらそう思うのだが、実際は、当時のテイラー大使宅だけでなく別のカナダ大使館員邸にも避難したグループもいたそうだし、カナダは人質救出作戦においてCIAよりも重要な役割を果たしたらしい。何かというと金だけ供出させられるどこかの国ともともとかなり違っていたのだ。

日本映画は『プラチナデータ』だったが、見ている間はそれなりに退屈しなかったが、小説で読んだ方が多分ずっとおもしろかったろうと思う。

で、フランス映画が、

フィリップ・ル・ゲPhilippe Le Guay監督の『Alceste à bicyclette(自転車のアルセスト) 』 だ。

これが一番よかった。

ファブリス・ルキーニがシナリオにも関わっている。 

ルキーニは私のお気に入りの俳優だ。

私の好きな男優というのは他にも何人かいるけれど、たいていは、なんというか、男としても人間としても「好きなタイプ」というのがほとんどだ。

ところが、ルキーニはそういう意味では全然私の好みではなくて、むしろ苦手なタイプ。友だちにもなれない感じだ。

しかし、純粋に役者としてすばらしい。

フランス語うま過ぎ。

この映画では特にそれが光っている。

思えば、1984年にロメールの『満月の夜 Les Nuits de la pleine lune』を観た時に、彼の滑舌のよさと言葉の流れのものすごい量に圧倒された。
この映画は上映されてまもなく主演女優のパスカル・オージェが25歳で死ぬ(当時は心臓麻痺、実はドラッグの過剰摂取と言われる)という事件によって強烈な印象を残した。
ヒロインをめぐる他の男たちは当時若くてきれいだったクリスチャン・ヴァディムや、朴訥なマッチョで好感度が高かったチェッキー・カリョで、それぞれキャラがたっていたのだけれど、30年経つと、芸達者のルキーニが群を抜くキャリアを築いている。

この『自転車のアルセスト』はモリエールの『人間嫌い』の上演をめぐって、テレビでも売れている人気俳優が、リタイアした名優に共演を依頼に来るという筋書きだ。

『屋根裏部屋のマリアたち』を準備中だったルキーニとル・ゲが、ド・レ島(文化人の別荘がたくさんある)でモリエールの『人間嫌い』について話し合ったことがヒントになって生まれた作品だという。

『人間嫌い』には、フィラントとアルセストという対照的な登場人物が出てくる。

ランベール・ウィルソンの演じる人気俳優は本物志向でルキーニを尊敬しているのだが、処世術にもたけていてすべてにそつがない。すべてに成功するフィラント・タイプだ。

ルキーニが演じる名優の方はアルセストと同様、俗世間の偽善や不実が許せない。演劇の世界にも嫌気がさしてリタイアした。

でも、フィラントとアルセストの対話部分を、季節外れの閑散としたド・レ島の隠居地で人気俳優と共に台本読みするうちに、なんとなく心が動いてくる。

そこに、連れ合いと別れて家を売りに出したイタリア人女性がからむ。

名優は、息子が原子力発電所で働いていることに絶望し、人類の未来に悲観するシンボルとして、独り身なのにパイプ・カットの手術を予定している。

しかし、イタリア人女性に惹かれるうちに、その手術もしたくなくなった。

人気俳優と名優とイタリア人女性。

自転車で浜辺を行く3人は自然でまるで屈託のない若者たちのような時間を過ごした。

しかし、女性は人気俳優(インテリの妻がいる)とベッドインする。

この女性は彼のことを人気俳優であるとも認識していなかったので、別に名声にまいったわけではない。
ルキーニが恋心を表明していたわけでもない。

3人は、それぞれ人生のちょっとした休み時間を楽しく共有した友人だったのだ。
(ルキーニだけは、実は、休み時間でなく人生をリタイアするつもりだったのだが生き返ったというずれがあった)

他の2人が寝たことを知ったルキーニの中で何かが壊れる。

やがて『人間嫌い』のプロデュサーやスタッフたち、人気俳優の妻もやってきて制作発表のパーティをする。

そこに、アルセストの衣装をつけてのり込んだルキーニが、集まった輩の偽善や不実を告発し、『人間嫌い』五幕一場の有名なセリフを述べてから退場する。

Il aide à m'accabler d'un crime imaginaire!
Le voila devenu mon plus grand adversaire!
Et jamais de son coeur je n'aurai de pardon,
Pour n'avoir pas trouvé que son sonnet fut bon!
Et les hommes, morbleu! Sont faits de cette sorte!
C'est à ces actions que la gloire les porte!
Voila la bonne foi, le zèle vertueux,
La justice et l'honneur que l'on trouve chez eux!
Allons, c'est trop souffrir les chagrins qu'on nous forge:
Tirons-nous de ce bois et de ce coupe-gorge.
Puisque entre humains ainsi vous vivez en vrais loups,
Traîtres, vous ne m'aurez de ma vie avec vous.

いやあ、すばらしい。

Traîtres, vous ne m'aurez de ma vie avec vous.

という最後の捨て台詞はぞくぞくして鳥肌が立つ。

今ではコメディフランセーズですら一般上演では採用しない17世紀風のゆっくり練り広げるような独特の韻を、優雅に踏む。

私は10年ほど前にバロック演劇の研修に参加したので、一語一語に隠れている音を転がし展開する快感がよく分かる。口の中でころがし、舌や唇で味わうのだ。

そういえば、40年くらい前に確か渡辺守章さんのクラスでアレクサンドランの読み方を習ったが、その時、こればっかりは日本人が自分で考えて読めるようなものではない、しかるべき抑揚を書いてもらってやっと真似ができるのだ、と言われたことを思い出す。

今になってようやく、この映画のルキーニによるモリエールの台詞を聞いて、フランス語がいかに美味であるかを堪能した。

ルキーニが強調するようにモリエールは「有機的な音楽」なのだ。

最後の捨て台詞の

「Traîtres, vous ne m'aurez de ma vie avec vous.」

はまさにその醍醐味だった。

なんと訳していいか分からない。

「Traîtres」は、「裏切り者たちめ」という感じ。

飛行機の中の上映ではそこだけ何度も繰り返して聴き直して味わったので、下に出ていた英語の字幕まで覚えてしまった。

「vous ne m'aurez de ma vie avec vous.」という部分は、

You won’t see me among you in all my days.

と訳すらしい。

今のフランス人が、この映画での人気俳優自身もそうであったように、フランス語のアレクサンドランの抑揚の心地よさと音楽性をどこまで味わえるのかは私には分からない。

20年ほど前、ドゥパルデューが『シラノ・ド・ベルジュラック』で披露したアレクサンドランなど、音としては、今となっては何の感動も与えられなかったのを思い出す。私にとってのフランス・バロック発見以前の時代に当たっていたからだろうか。

やはり40年くらい前に、仏文学者の齊藤磯雄さんから『フランスの詩と歌』を献本してもらったことがある。

それを読むと、少なくとも齊藤さんはフランス語の有機音楽性が分かっていたんだろうなあ、と感慨深い。

有機的音楽とは、肉体を通した音楽、五感を動員した音楽ということだ。
ルキーニの映画によってそれが手軽な形で、飛行機のビデオ上映ですらも手に入れられる幸運な時代が来たことを齊藤さんに知らせてあげたくなる。
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by mariastella | 2013-09-22 00:04 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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