L'art de croire             竹下節子ブログ

森美術館のLOVE展

8月末に日本に着いた当日の夜にわざわざ足を運んだのが、六本木ヒルズの森美術館10周年記念のLOVE展だった。

ポンピドゥー・センターで見逃した草間彌生のインスタレーションを見たかったからだ。
それには満足した。想像していたトリップ感を確認した気分。

ダリの聖母像もいいし、初音ミクをPC画面以外ではじめて体験した。

でも全体として、このような刺激的なテーマでこれほどのアーティストや作品を集めながら、これほど無意味で陳腐で印象の薄い展覧会になっているのは不思議だった。

こちらの時差ボケのせいかもしれないと思ってカタログを買ってじっくり眺め返し、読み返してみたが、そこにある論考からも陳腐さの理由が伝わってくる。

館長の巻頭論文の大切な部分であるらしいシモーヌ・ヴェイユの「人生とは愛と革命」という出典自体があやしいし、「世界に蔓延する脅威と不幸」の前で、

「いま一度、美を通して『愛』の重要性を問いかける」

という展覧会の趣旨があまりにも紋切り型でつまらない。

センシブルなはずの作家の角田光代さんも、日本で「はじめてキリスト教に触れた人々が」「神の愛という、自分たちの概念にはない言葉の真意を理解した」くらいに愛が普遍的だというのにもひいてしまう。はじめてキリスト教に触れた日本人の多くはその「ご利益」の新鮮さに惹かれたような気がするからだ。

そうかと思うと「愛には悲しみがついてまわる」と言って、そこのところでは仏教的に煩悩として斥けられる妄執としての「愛着」にシフトしているらしい。

それに比べるとカタログの後ろに掲載されている各論の方は整理されていておもしろかった。

愛と美を結びつけるのがそもそも嘘っぽいのかもしれない。

愛と美の共通点は、「有限なもの」を「無限」につなげようとする意思がある時にだけ生まれるような気がする。

そして「有限性」が人間の実存的な不安なら、「愛」とか「美」の追求がなくなることは、ないのだろう。
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by mariastella | 2013-10-03 23:33 | アート
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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