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L'art de croire             竹下節子ブログ

弦楽四重奏について

近頃生まれて初めて弦楽四重奏を弾いている。

最高だ。

これまでもヴィオラで室内楽や室内オーケストラにはちょくちょく参加してきた。ヴァイオリンやヴィオラと二重奏をしたこともある。でも中心は、ヴァイオリンとフルートとのトリオ、またはヴァイオリンとフルートとピアノとのカルテットだった。

弦楽器のみという経験は二重奏だけだったが、その時は、自分のパートの重要性が比較的大きいから、そちらに集中していて、ピアノを伴奏にソロを弾く時と意識的にはあまり変わらなかった。

新学期はフルートのエリカがしばらくお休みで、ジャン・マルタンという男性が仲間に加わった。
コンセルヴァトワールのヴァイオリンの生徒のおとうさんであるらしい。どんな人なのか詳しくはまだ知らない。

今までフルートが第一ヴァイオリンを弾いてジャンが第二ヴァイオリンのパートをヴァイオリンで弾くということもあったが、今度はジャンが第一ヴァイオリンを、ジャン・マルタンが第二ヴァイオリンを弾く横で私がヴィオラパートを弾く。チェロ・パートはコリンヌが弾く。

これだとごく普通の弦楽四重奏やそのためにアレンジされた多数の曲がレパートリーに入る。

で、アペリティフ(ハイドン)、魚(テレマンの組曲)、肉料理(ショパン)、というように、いろいろな曲を合わせてみた。

室内楽のヴィオラのパートというのは難しくない。

だからストレスもない。

弦楽器四つで合わせると、まるで、体を寄せ合って船をこいでいるような気分になる。

擦弦楽器の擦る気持ちよさというのはヴィオラを弾くようになってすぐに理解したが、音の気持ちよさは、真の意味では、今回はじめて味わった。

弦楽合奏の音色やハーモニーの心地よさは、メカを通して聴くと、とても快適だ。その心地よさは自分が他の楽器と弾く時には得られなかったのだが、今回はじめて弦合奏の立体的な一体感が得られた。

ギターは音の方向性がはっきりしていて前方に行く。
演奏中に、自分の楽器の音が一番よく聞こえるわけではない。
それでも、長い間のトリオの経験で、バランスをとって脳で再構成することもできるし、全体の音と各パートの音を分けて聴いたり微妙な干渉を入れたりすることもできる。

私たちのトリオの弾くものは室内楽用に書かれていないから演奏も技術的に難しいものが多いのだが、それでも弾きこんでいるから、全体も細部も、手に取るように分かる。

ところが、擦弦楽器、特に、ヴァイオリンとヴィオラは、楽器の先をあごや肩や胸(バロックの場合)にぴったり付けて弾き、共鳴板もすごく近いところにあって微妙な向きになっている。

だから、はじめて弾いてみると、骨伝導に圧倒されて、まさに、距離を保てない。

これは声楽なんかでも同じで、まあ自分の声には慣れているが、録音された自分の声を聞くと誰でも違和感を覚えるのと同じだ。
それでも、コーラスなどに参加すると、骨伝導で伝わってくる自分の声とは別に、ちょっと体外離脱したように、全員の声の中で歌う自分の声が聞こえてくる。

同じように、弦楽四重奏をやって、はじめて、自分の弾くパートを体外から聴くような、催眠術にかかったような心地よい気分になった。

その中で急に、私のパートが主旋律を受け持つところが出てきた。

まるで、他のパートが水面に拡げてくれるバラの絨毯の上をかき分けて進んでいくような快感があった。同質のものに支えられ、同質のものの中から浮き立つ。生クリームをホイップしている時に、ふわりと渦を巻いてきれいな形が浮き上がるような感じだ。

ピアノ伴奏などでは絶対感じられない。

大体、ピアノのような平均律楽器といっしょに弾く時はもう最初から脳が再構成モードでしか動かない。

それでも、ギターのトリオで得られるような有機的な全体感がヴィオラの室内楽で得られないのは私の技術のなさや経験の浅さや練習不足のせいなのだろうと今までは漠然と思っていた。

それが、初見の曲を、初めて加わったメンバーといっしょに弾いても、最初の一小節からもう「みんなで練り練りホイップクリーム」モードに突入できたのだ。

弦楽四重奏というのは聴く時もけっこう癒されるけれど、弾く時にこんな気持ちいいものだとは知らなかった。

だから、オーケストラの団員でも各自で別に四重奏活動をしたりしているのだろうな。

小ぶりの弦楽器ほど、弾く時と聴く時で差のある楽器はないかもしれない。

独奏する時はまさに「歌う」ことができるわけだけど、他と合わせる時には単純に全体の音を俯瞰的に聞けるわけではないのだ。

だからこそ、弦楽器同士でしっぽりと練り合わせながら進む心地よさは独奏や異種楽器との共演では絶対に味わえない。

こう感じたのは私だけではなかったようで、コリンヌやジャンも、「弦楽器っていいねー」とあらためて口にしていた。休んでいるフルーティストのエリカにはちょっと申しわけない気がしたのだけれど。

しかし、

「同質のものが音域など互いの特性に見合った分を守ってまったりといっしょにいるのが気持ちいい」

なんて、まるで共同体主義だ。

「血縁の親子が何代もそろった伝統的な家族がやっぱり一番ですねえ」

とか

「伝統や文化を共有している単一民族の国民が助け合って暮らす国が一番ですねえ」

のような論調で他者を排除する頑迷な共同体主義がけっこう魅力的なのは、その心地よさにあるのかもしれない。
by mariastella | 2013-10-09 04:17 | 音楽
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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