L'art de croire             竹下節子ブログ

シリアの巨大キリスト像

シリア情勢はずっと気になっていることのひとつだ。

シリアへの欧米軍事介入に対して一貫して反対して、化学兵器の査察のような方向に舵をとったロシアの思惑について、今ひとつ分からないところもあったのだけれど、近頃、なんだか腑に落ちたことがあった。

それは、10/14に、ダマスカスから20キロほど離れたセイドナヤのケルビム山頂に巨大なキリスト像が設置されたことだ。

セイドナヤやその先のマアルーラといえば聖ルカが布教した場所で、イエスが話していたと思われるアラム語が今でも話されているという由緒あるところ、エルサレムに次いで人々を集める東方教会の巡礼地だと言われる。

巨大なイエス・キリスト像
は32メートルでリオの30メートルのキリスト像を超える。

レバノンからもヨルダンからもイスラエルからもパレスティナからも見えるという触れ込みだ。

そこには

「私は世界を救うためにやってきた」

とアラム語で書いてある。

つまり、再臨のキリスト像なのだ。

このブロンズ像を設置するために、ロシア正教とアンチオキア主教らの調停により、政府軍と反政府軍との間に、3日間の停戦が実現したという。

アルメニアの彫刻家が制作し、ロシアの聖パウロ・聖ペトロ財団が中心になって資金を集めたそうだ。

発案されたのは、シリア内戦の起こる前の2005年で、最初から、東方正教同士ということで中東との連帯を強固にしようとするロシアの主導だった。

ロシアは今何かと言うと、反ヨーロッパ的政策を進めているから、西方教会にルーツを持ちながら分裂して世俗化した西欧が中心のEUと自らを差別化するには、ロシア正教を通して中東の由緒あるキリスト教社会に足場を置こうとしたわけだろう。

しかし中東は今やイスラムがマジョリティで、シリアでもキリスト教徒は一割ほど(内戦以降は亡命によって激減)なのに、よくキリスト像によるアプローチができたなあと思うし、現政府は一応世俗政権であるけれど反政府軍にはイスラム原理主義一派もいるのだから停戦までしてキリスト像を設置できたのは驚きだ。

しかし、設置場所として選ばれたのはケルビム山で、ケルビム(チェルビン)と言えば「智天使」、旧約聖書のシンボルの一つであり、キリスト教でも使われて、イスラム教徒からも「聖なるもの」として認められている。

イエスそのものもイスラム教でも預言者でありメシアであるとされている。

最後の審判の時にイエス・キリストが再臨するというイメージは継承されている。

それどころか、東方では、イエスが再臨するのはトルコ西部セルチュクのイーサベイ・モスクの白いミナレの上だと言われていたりするのだ。

14世紀後半、ダマスカス出身の建築家ディミシュリ=アリが設計したこのモスクの建造には近くの古代都市エフェソス(ここに聖母マリアの家の巡礼地もある)のアルテミス神殿の石材の一部が使われているというから、なかなか多宗教混在のイメージでもある。

他にも、ダマスカスのウマイヤド・モスクはキリスト教の洗礼者ヨハネ教会を改造した世界最古のもので、アル・ワリード1世が11世紀に発見したというヨハネの首を安置する立派な墓所がモスク内部に造られている。(まあサロメの要望でヘロデ王に斬首された洗礼者ヨハネの首というか頭蓋骨を聖遺物として祀っている所は他にもある。フランスのアミアンの有名なこれとか)

こうして考えてみると、今の中近東では正教徒たちがひどく迫害されているのだけれど、ともかく人類の三人に一人は「アブラハムをルーツとする一神教」なのだから、「一神教同士が争って困る、早く世俗化すればいいのに」と言うよりも、根っこのところでなかよくなるファクターも持っているのだからそれをなんとか利用しろというのもひとつの手ではある。

そういえば、10/1に、EUが、ユダヤ人の習慣である男児の割礼(生後8日目)について、子供の人権に抵触する行為だとの判断を下した。

これを受けて、イスラム側からは、自分たちの割礼は8歳くらいなので、子供がすでに同意できる年齢だから抵触しないと見なす意見も出たが、もちろんユダヤ人たちは怒っている。

フランス大統領は22日にわざわざ、フランスではユダヤの割礼は法律に反しないものだと語った。

おもしろいのは、ユダヤ人が前ローマ法王ベネディクト16世に訴えて、イエス・キリストがユダヤ人で割礼を受けていることの意味を現教皇から改めて言ってもらおうと働きかけていることだ。

カトリックは第二ヴァティカン公会議の少し前に1月1日のイエスの割礼記念日(12/25のクリスマスが誕生日とすると8日目が割礼記念日となる)をやめてしまったのだが、イエスは割礼によってユダヤ民族の歴史に参画して神の意思が実現されたのだから再導入しろといっているのだ。

東方の正教会ではこの記念日はちゃんと残っていて、そういうところまで含めて考えると、シリアに対するロシアの態度のいろいろな面が見えてくる。

独裁政権を倒すと称して無人機を飛ばして空爆したりするよりも、巨大なキリスト再臨像を建てて「世界に平和を」と言わす方が、ひょっとして戦略としては優れているのかもしれない、などと思えてきた。
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by mariastella | 2013-11-10 08:11 | 宗教
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