L'art de croire             竹下節子ブログ

リチャード・フライシャーの『バラバ』、コルベ神父、プッシー・ライオット

さきほど映画『バラバ』をArteで観た。

大スペクタクル映画をTV画面で観るのは残念なので躊躇していたのだが・・・

でも、それよりも、今までこの映画を観たことがないことに気づいて、どうしてだろうと好奇心が湧いたのだ。

監督がリチャード・フライシャー(Richard Fleischer)で、彼の作品は日本でも『ミクロの決死圏』『ドリトル先生不思議な旅』『ソイレント・グリーン』など人気だった。

『バラバ』は主演がアンソニー・クィンで、1961年の作品。
歴史ものの超大作映画が続いた頃で、56年の『十戒』とか59年の『ベン・ハ-』とか同じ62年の『アラビアのロレンス』とかすっかり古典であるし、私も当然すべて日本で観ている。

『バラバ』にはイエスと遭遇するところとか、途中で奴隷になって強制労働させられるところとか『ベン・ハ-』と共通点もある。

奴隷の境遇になった主人公は、ベン・ハ-ではガレー船を漕がされ、バラバではシチリア島の硫黄鉱山で働かされる。闘技場での迫力あるシーンも共通している。

ベン・ハ-の円形の競技場はエルサレムが舞台のはずだから考証的に無理な部分もあるが、すべてローマ風に造られている。第一、ベン・ハ-もローマのチネチッタ撮影所に古代ローマ時代の世界を再現して撮影されているし、バラバもシチリア・ロケ、ベニス、トスカーナなどでロケしているイタリアとの合作だ。 公開されたのもイタリアでの方がアメリカよりも1年近く早かったようだ。

特にトスカーナで、本物の皆既日食(1961/2/15)を背景にして撮られたキリスト磔刑シーンの神秘的な美しさは評判になったそうだ。

鞭打ちのシーンも出てくるが、メル・ギブソンの『パッション』ですか、と言いたいくらい目をそむけたくなる。

いや、バラバの妻が石打ちの刑で殺されるシーンや闘技場のシーン、焼かれたりライオンに喰われたり馬車に引きずられたりするグラディエーターたちの残酷な映像も私の一番避けたい種類のシーンの連続だ。これは画面が小さくて助かったけれど、群衆が血を見て興奮する系の闘技シーンなどは絶対に見ないようにしているので心外だった(なにしろ私の最近観た古代ローマが舞台の映画って日本映画の『テルマエ・ロマエ』だからね)。

なぜこの映画が、日本では上映されなかったのかと考えてしまった。

確かに「ベン・ハ-」や「アラビアのロレンス」などと比べると、ストーリー・テリングが弱い。バラバの人物像が、あまりにもキリスト教的であり、かつキリストの受難のエピソードとしては日本であまりにも知られていないからかもしれない。

過越祭の慣習として、死罪が決まっている囚人の一人を民衆が解放することができるので、ローマの総督ピラトに問われた時に、人々は預言者イエスでなくて盗賊バラバを解放した。

バラバがただの盗人だったのか、イエスと違って過激な政治活動をしていたバラバの方に民衆の期待がうつっていたのか、史実は分かっていない。

けれどもバラバは「イエスの代わりに死を免れた男」、のような位置づけになっている。

キリスト教的に言うとイエスはすべての人類の罪を背負って死を引き受けたのだから、別に「バラバの身代わり」になって死んだわけではない。それでも、バラバには「イエスに救われた男」のイメージがある。しかし、「イエスを売った男」のユダが悪を一身に引き受けることになったのでバラバは曖昧な存在になった。

この映画の原作はスウェーデンのノーベル賞作家ぺール・ラーゲルクヴィストの書いた『バラバ』(1950)で、信仰や自己犠牲の問題に踏み込んだ名作であるらしいのだが、正直言って、古い感じは否めないし、プロスタントのアメリカ的にはノープロブレムのテーマだろうけれど、「キリスト教文化圏」を超えての大スペクタクル娯楽映画になり得るかと言えば疑問である。

けれど、その日本で、バラバに関係する金沢泰裕の『親分はイエス様』という本が映画化されたことを私は知っていた。
ミッション・バラバというもとヤクザの更生を中心にした活動のエピソードが元になっているものだ。

映画はキリスト降誕2000年記念の日韓合同制作であったらしいが、日本での宣伝には更生するのに大切な「夫婦のきずな」が前面に出ていて、「イエス様」、というキリスト教臭は薄められているようだ。

金沢自身も在日三世で、バラバメンバーの8人の内3人の妻が韓国人である縁から、日韓共同製作となったということは知らなかった。韓国はキリスト教の割合が日本よりはるかに高いので、キリスト教的メッセージがすんなり伝わったのだろう。

考えると、チャールトン・ヘストンやピーター・オトゥールのような青い眼系のスターと違ってアンソニー・クィンはやや異色だ。(ヘストンがユダヤ人という地中海系の役をするのも今思うと不自然だが、昔は何とも思わなかった。)

アンソニー・クィンは父がアイルランド系メキシコ人で母がアステカのインディオ系メキシコ人でアメリカに移住してきたそうだ。メキシコはアングロサクソン系植民地と違って混血が多い。グアダルーペの聖母のおかげかもしれない。

で、実際、クィンも、インディアン役、ラテン系役(マフィアのドン)とか、ハワイの酋長、中国人ゲリラ、アラブ人、など、ギリシャのオナシス役など、白人のハーフなのに、絶対にWASPの役は回ってこなかったようだ。逆はありなのに。

まあ父がアイルランド系だから、カトリックだったのだろうし、最初の結婚相手もイタリア人だったことからカトリック同士だったと分かる。といってもその後は離婚を繰り返しているから、もう宗教なんかどうでもよくなったのかもしれないが。

それにしても、バラバの恩赦に際して、まるでイエスが自分の身代りに殺されたかのようにピラトがバラバに罪悪感を与えるのは気の毒な筋運びでもある。

バラバはその後再逮捕されて鉱山労働させられるのだが、20年生き延びて脱出するなど、なぜか命を長らえる。それが、「自分の命の続く意味は何なのか」という疑問につながっていくのだ。

「身代わりの死」で有名なのは、アウシュヴィッツで別の囚人の身代わりを申し出て餓死室に入り死んだコルベ神父だ。

囚人の一人が脱走したので見せしめのために10人が無作為に選ばれて殺されることになり、そこで選ばれた一人が妻や子のために嘆いたのを聞きつけたコルベ神父が「家庭のある人より神父の私が」と申し出たのだった。
コルベ神父も身代わりになってもらった囚人もユダヤ人ではない。
コルベ神父はナチスの思想に反対していたことで、身代りになってもらったポーランド軍軍曹のフランシスコ・ガヨヴィニチェクも、ユダヤ人のレジスタンス運動を助けた罪で収容所に入れられたのだ。

コルベ神父の「身代わりの愛」にはもちろんイエスの姿が投影されている。「友のために命をかけることは最も大きい愛である」ということの実践だったのだろう。このことでコルベ神父は、後にカトリック教会から列福され、さらに聖人の列に加えられた。

といっても、アウシュヴィッツにいたのだから、たとえその時に助かったとしてもガヨヴィニチェクが生きて収容所を出る確率は少なかっただろうし、もし結局彼が死んでいたら、コルベ神父の英雄的な善行も無為に帰したかもしれない。

しかし、ガヨヴィニチェクは5年5ヶ月の収容所生活を生き延びて生還した。生還しただけでなく、なんと95歳まで長寿を全うした。1982年10月10日、ヴァティカンで20万人の信者の前でコルベ神父が信仰の殉教者として列聖された時に、82歳のガヨヴィニチェクも出席している。

47歳で死んだコルベ神父の倍も生きたのだから、「身代わり」になってもらったかいがあったのだろうか。

「よかったよかった」と言いたいところだが、話はもっと微妙で、ガヨヴィニチェクの息子たちは、1945年にソ連軍の爆撃によって死んでしまい、生きた父に会えなかった。

妻はまだ生きていたものの、もう新たに子供を作れるような年ではない。
「家庭の父親」としてのガヨヴィニチェクを救おうとしたコルベ神父の思いはかなわなかったわけだ。

妻は1977年まで生きたが、その時77歳だったガヨヴィニチェクは、なんと再婚している(2度目の妻には先立たれなかった)。
もともと生命力も運も強い人だったのかもしれない。

彼の生き甲斐はコルベ神父の徳を伝える証言者となることであり、死の前年の1994年に94歳の高齢でテキサスのヒューストンにある聖マキシミリアン・コルベ教会を訪問して、

「私の肺に空気の残っている限り、コルベ神父のなされた英雄的な愛の行為を人に語っていくのが義務だと思っています」

と語ったそうだ。

もう少し言うと、1941年2月17日の朝にゲシュタポがコルベ神父を逮捕しに来た時、20人もの修道士が彼の身代わりになることを願い出た事実がある。その身代りは拒否されたわけだが、そして、もしコルベ神父以外の修道士が代わりに収容所に入れられていたら、ガヨヴィニチェクの身代わりを申し出たかどうかは分からないが、ともかく、「身代わり」という自己犠牲は当時の状況下におけるポーランドのフランシスコ会では驚くに足らない行為だったのかもしれない。

結果的に、コルベ神父がガヨヴィニチェクの身代わりとなり、そのガヨヴィニチェクが半世紀以上も人生の意味を生き証人となることに見出したのだから、「身代わりの愛」は無駄にならなかった。

さまざまな聖地で「奇跡の治癒」を得たような人たちも、健康を回復した後での感謝の気持ちがないとか生活態度が悪くなるとか、不健康な生活をして別の病気にかかって死ぬなどすれば、「奇跡」の認定がでない。

ガヨヴィニチェクの例を考えると、「身代わりの愛」の意味も、奇跡の享受の意味も、感謝の念を持ち続けるかどうかが本質的なところであるらしい。

映画の『バラバ』のメッセージは、初期のキリスト教徒の自己犠牲とは、

「権力による信仰の強制に従わず無抵抗で死を受け入れる選択をすることで、この世の生を超えた永遠の命の方に存在をシフトするという非暴力の方法があり得ること」

の証だったことである。

プラトンだって抵抗せずに死を受け入れたが、キリスト教徒たちはそれをキリストによって生きる共同体として受け入れたとこが画期的だった。
結局そんなキリスト教がその後の西洋世界を席巻したのだから驚きだが、「権力」側の公的宗教となればまた支配の道具となっていくのは避けられなかった。

最近、ロシアのカテドラルでパンクのパフォーマンスをやって収容所に送られたプッシー・ライオットの女性とスラヴォイ・ジジェクの往復書簡を読んだのだが、プッシー・ライオットの方がなんとキリスト教よりでジジェクの無神論ぶりと対照をなしていることに驚いた。プッシー・ライオットが挑発しているのは体制宗教であって、彼女の非暴力的抵抗を支える力は彼女が信じる真にキリスト教的なものであるらしい。

そういうところまで考えると、『バラバ』のテーマは、キリスト教による反体制メッセージの良質の部分と、生き続けることの意味という実存的な問いを通して、充分今日的だとも言える。しかしそれはすでに半世紀前から日本のような非キリスト教文化圏では伝わりにくく商業的デメリットだから公開されなかったのかもしれない。

「私の肺に空気の残っている限り、コルベ神父のなされた英雄的な愛の行為を人に語っていくのが義務だ」

と語った94歳のガヨヴィニチェクや、

「キリスト教は世界とその法律への反抗だ」というベルディアエフの言葉を引いて「自由の中でのみ真実の霊的追究があり、真実が嘘に勝つこと、与えることと助け合うことの徳を信じる時に奇跡は起こる」

と訴える獄中の24歳のナジェージダ・トロコンニコワ(プッシー・ライオット)の前では、アンソニー・クィンのバラバに漲る生命力も、なぜか、色あせて見える。
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by mariastella | 2013-11-18 21:18 | 雑感
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