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L'art de croire             竹下節子ブログ

『少女は自転車にのって』Wadjda

近所の映画館に珍しいサウジアラビア映画『Wadjdaワジダ』を観に行く。2012年にドバイの後でベニス映画祭などに出品されて高い評価を得ていた。ドイツの映画会社も関わっている。

Waad Mohammed, Reem Abdullah らが出演。

監督がハイファ・アル・マンスールHaifaa Al Mansour という女性というのも新鮮だ。フランスではかなり前に一般公開されていたのだけれど、今回は上映後のディスカッション付きだったので行ってみることにした。

リヤドの郊外に住む少女ワジダは、ジーンズにスニーカーでロックを聴く女の子だが、女性は車を運転することも禁じられているし、基本的には自転車に乗ることもできない国で、となりの少年と競争するために自転車に乗りたくなる。

もちろんみんなに反対されるが、必要な金を自分で調達しようとコーラン学校のコーラン暗唱大会一位になって賞金を得ようとする。サウジの二面性を逆手に取った愉快なストーリー。
少女の父は第二夫人を求めてほとんど家を出ているので、この映画は母と娘の映画でもある。

母は少女を生んだ時の難産でもう子供を産めなくなっていたのだ。こういう場合、男の子を求めて第二夫人との結婚を要求するのは「伝統」でもあるが、自分は系図にも載せてもらえない「男の子の母親」である女性でもある。

「男の子の母親」たちが、孫を産めないとか女の子しかできないなどの「嫁」たちの立場を守る方に意識が変わってきたら、伝統や宗教よりも強い変革のファクターになるかもしれない。

ヒロインの少女とその幼いボーイフレンドのやりとりを見ていると、きっと次の世代には変わってくるという希望がある。

サウジのような国で一体どうやってこんな映画が出きるのかと思うが、30代後半の女性監督は、子だくさんサウジの世代で12人きょうだいだったが、カイロのアメリカン・ユニヴァーシティで映画を学び、アメリカの外交官と結婚してシドニーへ行き、ワシントンにも住み、現在は2人の子供とバーレーンに住むなど、これもサウジにはありがちな、矛盾したアメリカンな経歴をもっている。
イランではあり得ない。
で、リヤド郊外での撮影はさすがに大変だったらしいが、実体験と共に彼女をインスパイアしたのは現地にいる姪でワジダと同じようにすっかりアメリカナイズされている娘だそうだ。口コミでキャスティングしたヒロイン役も、ジーンズにオールスターのスニーカー、耳にはヘッドホンをつけてカナダのポップ シンガー、ジャスティン・ビーバーを聴きながら撮影にやって来たそうで、本当に、若者はジャストタイムで国境のないインターネット文化に属していると監督も確信を持った。

また子供に焦点をあてて子供の視点でシナリオを作ったのは、イラン映画の監督たちが当局の干渉を避けるために使う手なのでそれを参考にしたからだという。

サウジの王族のひとり(アル・ワリード・ビン・タラール)も製作資金を出したそうだ。
はっきり言ってサウジは、上流であるほど「西洋化」しているから、人権意識も強く、宗教警察をごまかす方法や女性の自立の協力者も少なくない。

ただしサウジアラビアでは10人以上の人間が私的にも公的にも集まるのは(結婚式とサッカーのスタジウムをのぞいて)基本禁止だから、映画館や劇場そのものがない。この映画もDVDとか海賊版で試聴されたのだろう。金のあるサウジ人はドバイにでもヨーロッパにでもしょっちゅう出かけているから映画館で観ることもできる。

私がリヤドに少し滞在したのは2001年で、その頃は外に出ると外国人女性でも全身を黒のアバヤでおおわなくてはならなかったし、そもそも女性が夫や運転手なしで外を歩いているということ自体がほとんどなかった。今では外見が変わって必ずしも皆が全身をベールで覆っているわけではなく思考と外見の両面で多様性が顕在化していると監督は言うのだが、映画を見ると、個人の家の高い塀や分厚いドア、女性たちの様子などそんなに変化していない。

リヤド滞在中にサウジの家庭もいくつか訪問したが、どれもかなりアッパーな家で、息子がいて、夫が進歩的で、夫人付きのインド人運転手もプロフェッショナルだった。

この映画の家庭は、家の内装の派手な趣味などは私の見たサウジの家庭を思い出させるけれど、妻が働かなくてはやっていけない中流であり、本来は第二夫人(第一夫人と全く同じ暮らしを保証しなくてはならない)を持つような経済力はないようなので、「離婚」も選択肢だったと思うから、この夫はやはり妻や娘を愛しているのが分かる。

ディスカッションでは、ここ一年半くらいで、女性の服やアクセサリー売り場に女性の販売員が現れ始めたという報告があった(映画の中では女性服も男性が売っていて、試着室もないのだ)。私の直接見聞きした2001年の時点ではアッパー階級のサウジ女性はみなヨーロッパに出かけては服を買い占めていたから問題がなかったのだろう。

人口構成が変わり、若年の失業率が増え、それまで移民労働の上に楽々と暮らしていた平均的サウジ人の生活レベルが下がってきたことで、女性の進出や自由化が進みつつあるらしい。

金が潤沢にあるうちは、自由ですら金で買えるという幻想があるので、偽善的な生活(表向きは宗教的戒律を守り、内側や外国ではしたい放題など)でごまかしてきたが新しい世代にはもうそれが通らなくなっているのだろう。

2001年の同時多発テロ以前にリヤドの暮らしを見る機会があってそのことを『不思議の国サウジアラビア(文春新書)』に書いたことのある私としては、この映画も最初のうちは自分の知っているサウジを想起しては比べるという作業を自然にしてしまっていたのだが、終りの方はすっかり話そのものに引き込まれた。

少女が自転車を買うためにコンクールの一位を目指すというストーリーなんだから、ここで一位を逃させるのは可哀想だからきっと一位になるのだろうとは思いつつ、でもそれで賞金で自転車を買ってめでたしめでたしでは映画にならないので、自転車がもう売れてしまってがっかりするのか何かがあるのだとは思ったが、賞金の行方などに思いがけない展開があった。

最後は本気で嬉しい感涙もので、これが普通に子供をだしにした感動ストーリーなら安易だとしらけてしまう場合が多いのだが、これだけ異質な国の異質なカルチャーの中で若い力や自由への希望を見せるのはすばらしいとすなおに思った。

上映後のディスカッションでは最近のサウジの様子のレポートの他に、フェミニズム系の人が多くいたようだが、「フランスでもほんの100年ほど前までは女性に開かれていた職業は助産婦と小学校教師だけだった」という声があって、じゃあサウジでも今のフランス並みになるのは後100年かかるのかと嘆息する人もいた。

しかしフランスの女性の社会進出が劇的に進んだのは第一次大戦があったからで、今はネット環境があるし、社会意識の変革というのはただ月日の流れと比例しているのではない。

ネットで検索したら日本でも『少女は自転車にのって』というタイトルで12月に公開されるとあったので、ぜひお勧めです。
by mariastella | 2013-11-24 03:00 | 映画
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