L'art de croire             竹下節子ブログ

ヨーロッパの20世紀は75年しかなかった  その4

フランスのカトリックが聖母や聖女の加護で士気を高揚している時、カトリックの大元のローマ法王はなんと言っていただろう。

ベネディクト15世はすごくまともだった。

ローマ・カトリックは教皇領を寄進されて以来封建領主国であったし、十字軍やら宗教改革やらを経て、啓蒙の世紀にはすっかり「近代的」な考え方をする教皇が現れた。
どこの国でもそうだが官僚組織は重く、イタリアの各都市国家や領邦国家との間の利権も複雑だったけれど、18世紀末以降は、カトリックの本来持つ普遍主義を本気で近代の人権主義に敷衍しようと思った教皇も出ていた。

けれども実際は、カトリック教会は「市民革命」国家からは倒すべき敵だと見なされたり、権威づけに利用できる駒だと見なされたり、歴史に翻弄され続けていた。19世紀末には「近代」を批判する教勅を出したことで、「近代」の敵である旧弊保守頑迷の牙城だと見なされてもいた。

1914年の秋以来、教皇となったベネディクト15世は、ヨーロッパ諸国民が殺し合う戦争を見て嘆いた。

「キリスト教徒の血が流れるこの戦争の恐ろしい光景を前に言葉にできぬほどの恐怖と不安に打ちのめされ」た教皇は、どちらの側かに肩入れする立場をとることはきっぱり拒否した。

教皇は中立的でなくてはならなかった。

どちらの陣営にもカトリック信者がいるからではなく、人類という家族の統一の方が、ナショナリズムが掲げるあらゆる言説よりも大切だと信じていたからだ。

教皇は勝者が敗者を完全に打ちのめす「全体戦争」という考えを斥けた。そのような状態の上には持続する平和は決して打ちたてられないことを知っていたからである。

第一次大戦は、

「ヨーロッパの名誉を汚す大殺戮」(1915/7)であり、

「文明化されたヨーロッパの自殺」(1916/3)であり、

「人類の精神錯乱の最も暗い悲劇」(1916/7)であると教皇は訴えた。

教皇がドイツ軍の蛮行を弾劾することを期待していたフランス人は怒った。(続く)
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by mariastella | 2014-01-08 08:05 | 宗教
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