L'art de croire             竹下節子ブログ

『あなたを抱きしめる日まで』Philomena

『あなたを抱きしめる日まで』Philomena / ジュディ・デンチ主演、スティーヴン・フリアーズ監督

評判がよかったので何となく観に行った映画『フィロメナ』。

この記事を書こうとして日本語ウェブを検索したら、邦題が『あなたを抱きしめる日まで』というので驚いた。

ふた昔くらい前と同じテイストだ。

昔は何かというとメロドラマっぽい邦題のせいで、その映画について英語やフランス語で話題にしようとしても肝心のオリジナル・タイトルの見当がつかなくて困ったことがよくあったのを思い出す。

マーティン・シックススミスのノンフィクション本『The Lost Child of Philomena Lee』というのがあって、その映画化らしい。80歳近いジュディ・デンチの演じる老いたフィロメナとBBCから追われたジャーナリストのコンビがいい味を出している。

アイルランドのカトリック教会の修道女が、自分たちは禁欲しているのに「ふしだらな快楽によって未婚で妊娠した少女たち」への嫉妬から、「罪の子」たちをアメリカに売り飛ばしてしまうという話が根底にあるので、カトリック団体からクレームがついたとかつかないとかでも話題になった。

冷静に考えてみたら1952年のアイルランドの片田舎にはカトリックしかなかったのだから、別に「カトリックが悪い」という話ではない。むしろその頃の社会で未婚の母が制裁されるか排除されるよりも、金のあるアメリカ人に養子手続きをしてもらった方が子どものチャンスも、未婚の母の将来も、いい方向に行く確率が高かったので、すべてが悪かったわけではない。

フィロメナは、息子がアメリカに渡ったと知らされて、「ベトナムに派兵されて殺されたんじゃないか、飲食物の量が多いアメリカの食生活で肥満なのではないか」などと、と心配する。

しかし想定外のことがあきらかになる。

若くしてレーガン大統領のアシスタントになるほどの地位に上っていたフィロメナの息子は、ゲイであり、エイズで世を去っていたのだ。

しかし、アイルランドに残っていたら期待できないような高等教育を受けて社会的地位も獲得し、恋人(男)もできて幸せに暮らしていたのだからいわゆる「不幸」とは言えない。

息子がゲイだったことについてはフィロメナが「あの子の3歳の頃(この頃に子供から引き離された)の感受性から見て不思議ではない」などと言ってあまり驚かないことは実話ならではの味である。
フィクションならもう少し別のリアクションがあっただろう。「ゲイであったことよりも、子供(フィロメナにとっての孫)を残してくれなかったことが悲しい」とかね。

婚外子を抹殺しようとしたり、未婚の出産を隠そうとしたりする社会的制裁の数々は、国や文化や宗教によってそのやり方が違うけれど、いずこでも、「確実な自分の子に地位や財産を継承させたい」という男たちの欲求が制度化された結果なので、特にアイルランドのカトリックが悪い、などという話ではないのはもちろんだ。

いやむしろ、ローマ・カトリックの建前としての「純潔重視」に支えられて「未婚の出産」に「罪悪感」を植え付けてきたキリスト教国の方が、その反動で、いったんそのタガが外れたら、「出産」と「結婚」の間には今や社会意識の中で相関関係がはほぼ消滅したと言っていい。

そういうことに関してある意味でダブルスタンダードがあった日本のような国の方が今でも、「できちゃった婚」のように、「婚外子」を避ける意識が根強いのは興味深いことだ。

同性愛についても同じで、キリスト教圏でのような激しい弾劾や罪悪感がなかったかわりに、日本なら同性愛者も形だけ結婚して子孫を残して「家」を存続させるという例が多い。フィロメナの子供が日本にもし来ていたならフィロメナも孫に出会えていた可能性は大きい。

本物のフイロメナ・リーは、この映画の公開に合わせたのかどうかわからないが、ヴァティカンに行ってフランシスコ教皇に面会して、当時のアイルランドから養子に出された婚外子の行方をたどる会の活動に対する協力を求めたという。フランシスコ教皇は性被害にあった後で中絶を選んだ女性にも慈悲の言葉をかけているくらいだから、子供を生んで手放さざるを得なかった女性ももちろん支援するだろう。

このフィロメナの息子も、アメリカの養子先ではあまり幸せな子供時代を送っていなかったらしい。

にブラウン・ベビーについての記事で、戦後ドイツで黒人GIとドイツ女性の間に生まれた子供たちがアメリカの黒人家庭に引き取られて労働力として搾取されることさえあった話を書いたことがある。
それに比べれば、「未婚の母」から生まれた子供でもフィロメナの息子のように純粋アイルランド系であれば、アメリカのアイルランド系(あるいはカトリック系ネットワーク)の家庭に引き取られた子供はハンディが少ないかと思っていたのだけれど、ケース・バイ・ケースなのだろう。

テンポがよくて構成もよくて、サスペンスがあり、適度なユーモアもあるので、、安易な「お涙頂戴」のメロドラマに陥ることからは免れているし、何よりも、さまざまな社会の規範をつくる人間性についていろいろ考えさせてくれるし、「自然法」とは何かについても考えさせてくれるという収穫があった。
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by mariastella | 2014-02-16 20:41 | 映画
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