L'art de croire             竹下節子ブログ

エディット・シュタインの「受難」

マリーズ・ヴォランスキーという作家が『エディット・Sの受難』というエディット・シュタインを題材にした戯曲と小説を両方発表したので話題になり始めている。

カルメル会修道院からアウシュヴィッツへ送られるまでの「十字架の道」をたどったもので、カルメル会の修道女服の上にユダヤの五芒星の印をつけられているエディットに、同じように連れ去られるユダヤ人女性が質問を続けてエディットが回想と共にそれに答えるという趣向だ。

確かに、考えると、無神論者でフェミニズムの作家でもあったユダヤ人哲学者がなぜよりによってカトリックの観想修道会であるカルメル会の修道女になったのか、まるでわけがわからない。

アカデミックな学問や知の世界への失望、

失恋、

そして「絶対」の探求の欲求

という3つの理由の複合が考えられるし、女性への連帯と異性への愛の葛藤も微妙に働いたと思われる。

彼女に大きな影響を与えたのは同学の友人アドルフ・ライナッハの未亡人Pauline の信仰でもあった(ライナッハは第一次大戦中に妻と共にプロテスタントの洗礼を受けた後で戦死した。この第一次大戦の愚かさを目撃したことによってエディットら知識人たちがヨーロッパ普遍主義に失望したことも重要だ)。

しかしエディットの場合、若くしてユダヤの共同体主義からすでに離れたということがまずある。

ユダヤ人というとひとまとめにホロコーストの犠牲となったわけで、その反動として今や彼らの伝統はまるで不可侵のように扱われることも多いのだが、実は、今も、ホロコースト以前も、どんな共同体でもそうだけれど、その内部では権力や収奪の構造があり、女性差別や抑圧も根強い。

その中で、長らくヨーロッパに根を下ろして、「西洋近代」の啓蒙主義や人権意識などの洗礼を受けたユダヤ人たちは、ユダヤ共同体員であることをやめて、住んでいた国の啓蒙的な層に「同化」していったケースが多い。
それは別に、強制的に改宗させられたとかいうものではなく、民俗宗教で閉鎖的であるユダヤ教から、根本的には普遍宗教(地縁血縁を問わない)で神の前の絶対平等主義をルーツにもつキリスト教世界のメンタリティに感化されたからであると言った方が当たっている。

もちろん、キリスト教の平等主義や平和主義、普遍主義は、覇権国家の特徴をすべてそなえていたローマ教会の支配の現実とはかけ離れていたので、「西洋近代」は巨大なカトリック教会の霊的ヘゲモニーから自らを解放することによって築かれていった。

だからこそ「反教権主義」が「無神論」イデオロギーを生んだわけで、開明的なユダヤ人は、開明的キリスト教徒たちと同じように、「無神論」へと向かったのだ。

ユダヤ人であろうと、キリスト教ヨーロッパの白人であろうと、その伝統文化との付き合い方には求心的なものと遠心的なものがある。

内部で特権を享受しているようなグループは当然求心的な生き方をするし、普遍主義や平等主義、民主主義などに共感するグループや、搾取され抑圧されているグループ(女性など)は、遠心的に生きる。

そして、遠心的な部分では、人種や伝統の差異は薄くなって、多様性というよりも共通の価値観や言葉が語りだされるのである。そういう普遍性を志向する人たちは、元の共同体からは批判されたり裏切り者扱いされたり破門されたりする。スピノザもそうだった。

エディット・シュタインがユダヤ共同体の精神性から早く離れて、ドイツの知識人の一員となりその中でフェミニズムを戦ったのもそういう文脈である。

しかし、彼女が普遍的だと思っていたアカデミズムの世界も実は別の意味で、閉鎖的で覇権的で男性優位の世界だった。

その上彼女は同学のHans Lippsに恋をして告白して振られた(オランダのカルメル会のRomaeus Leuvenの解釈)。しかも、リップスは別の女性と結婚して二女をもうけるが、妻に若くして死なれてからエディットに結婚してもいいというようなことを言い出す。その時すでにエディットは修道女となっていた。決して自分を裏切ることのないイエス・キリスト、姦通の女を裁くこともしなかった真のフェミニストであるキリストと「結婚」していたわけである。

この辺については、そもそもリップスのようなタイプの男を好きになってしまうところが「甘い」というか、頭がいい割には感情のマネージメントができていないというか、そういう人だったのだろうとしか言えない。

それに比べたら、彼女がカルメル会に志願するきっかけとなった16世紀のアヴィラの聖女テレサなどはある意味で剛の者で、危機管理もしっかりしているし、知性の厚みや硬度が並はずれている。テレサの時代にはカトリック世界以外で何かを実現するような選択はなかったから、彼女は「求心的」な内部から改革していったのだ。

情緒に揺さぶられるタイプのエディットが自叙伝を読んでテレサに心酔したのは十分想像できる。しかし、それが、やはり別の形の閉鎖的な「共同体」へと彼女を招いたことは皮肉と言えば皮肉だ。

もちろん彼女の外見や暮らしの形態が「観想修道女」になろうともそこで彼女が目指したのはマックス・シェラーに通ずるペルソナを生きる共感を前提とした普遍主義の実践であって、実際、修道女となってからの彼女は情緒的にも知的にも花開いたと思う。それを支えたのはやはりアヴィラのテレサの強靭さや信念に対する納得だったのだろう。

「ユダヤ性」や「ユダヤ共同体」を超越したこういう人が最後まで「ユダヤ人」であることでホロコーストの犠牲になったのは、人間をペルソナとして見ないで共同体アイデンティティによるレッテル貼りをする人間の愚かさ故であり、それこそエディットが懸命に闘ってきたものだった。

そんな彼女の犠牲を、またカトリック(エディットを殉教聖女の列に加えた)だのイスラエル(イスラエル国家はすべてのユダヤ人犠牲者の国際法的な代理人として認められている)だのが自分たちの都合の良い文脈にとりこんで語ることがあるとしたら、彼女の戦いはまだ終わっていないのだろう。
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by mariastella | 2014-02-18 00:04 | 雑感
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