L'art de croire             竹下節子ブログ

フォルカー・シュレンドルフの新作『パリよ、永遠に Diplomatie(外交)』について

これは前の記事の続きだ。

ウクライナ情勢にも絶望してはいけないと思わせてくれるのがフォルカー・シュレンドルフ久々の新作『Diplomatie(外交)』(邦題 『パリよ、永遠に』)という話だ。

フォルカー・シュレンドルフといえば、最初に観た『ブリキの太鼓』が強烈で、いやそれ以上にギュンター・グラスの原作を翻訳で日本で読んでいたので、私にとって、原作も映画もばりばりの「ドイツ」というイメージだった。

ところが最近この映画に関して彼がインタビューに答えているのをラジオで聞いて、あまりにもフランス語が流暢なので驚いた。完全にフランス人のフランス語だ。

ネットで調べてみると、それもそのはず、10代で家族と共にフランスに移住し、フランス語で哲学の試験も受け、フランスの映画学校で学び、フランス人監督と共に映画人としてデビューした。ほぼ「フランス人」のキャリアだ。

その後でドイツ映画を撮るようになってドイツのニューシネマの旗手となったわけだ。

こういうキャリアはヨーロッパでは珍しくもなんともないものだけれど、極東の島国育ちの私にはいまだに、「ドイツ人監督とはドイツ語で考えてドイツ映画を撮る人」みたいなイメージがデフォルトであることに改めて気づく。

この『ディプロマシー』という映画は2011年に評判になったフランスの演劇作品の映画化で、パリを占領していてヒトラーからパリ破壊の命令を受けているドイツ人将軍も、彼を説得に来る中立国スウェーデン公使も、フランス人役者がフランス語で演じる。

スウェーデン公使はフランス生まれのフランス育ちだということでこれも完全なバイリンガルという設定だ。この役をアンドレ・デュソリエというエレガンスに満ちた俳優がやる。

同じテーマの映画では、ルネ・クレマンの『パリは燃えているか?』が超有名で、その時はその役をオーソン・ウェルズが演じた。

歴史資料を見ると、実際の公使はむしろオーソン・ウェルズに似たアクの強い外見だ。今思うとあれは米仏合作の超大作で、何語で話されていたか覚えていないが、少なくとも私は日本で観て字幕を読んでいたのだと思う。

今回コルティッツ将軍役は今最高の個性派の名優Niels Arestrupニルス・アレストリュプで、舞台と同じ配役だ。この二人が主演というだけで、質の高さは確実である。

さて、パリの戦略的な部分に爆薬が配されて、爆破命令を待っていたこと、フランス軍を破ってから真っ先にパリにやってきてその美しさに感動してベルリンをパリのようにしたかったのに爆撃されてしまったヒトラーは、負け戦と分かっていてもパリを破壊しておきたかった。セーヌの橋もルーブルもエッフェル塔も、ノートルダムも、アンヴァリッドも、みな吹っ飛ぶはずだった。

その意図が明らかになったのは戦後ドイツの記録が発掘されてからだ。

スウェーデン公使のノールディングの説得というのは実際は2週間に渡ったものだそうだが、この『ディプロマシー』では連合軍がやってくる前夜の数時間に凝縮される。

コルティッツ将軍の回想録ももとにしているそうだからまったくの空想ではない。

パリが破壊されなかったことはみんな知っているのに、サスペンスフルだ。

「命令遂行」が絶対の将軍、しかも、妻子の運命をヒトラーに握られている将軍に、「命令無視の降伏」を決意させたものは何か。

説得力がある。

ものすごく大切な映画だ。

それは、フォルカー・シュレンドルフが、自分が第二次大戦の映画を撮り続ける理由として挙げていることでもあるが、

「人は和解することができる」

という希望だ。

この映画の冒頭に、廃墟と化したワルシャワの映像が流れる。

そこにかぶるのは、フルトベングラー指揮のベートーベン第七の二楽章だ。

フォルカー・シュレンドルフは、もしパリが最後の瞬間にあのような廃墟、焼け跡になっていたとしたら、そのパリの廃墟の中では戦後の独仏の和解はなかっただろう、仏独主導の「ヨーロッパ」もあり得なかっただろう、と言い切る。

和解と再建を可能にしたのは、無傷のまま残ったパリの光景だった。

ノールディングも、敵を追い詰めてはいけない、最終的に逃げ道を残さなくてはならない、と将軍に言う。その「逃げ道」こそが「無傷のパリを残す」ことなのだと。

爆撃されたワルシャワやブタペストでは真の「和解」が成立しなかった。その後数十年にわたる冷戦構造が根付いただけだ。

フォルカー・シュレンドルフが

「パリが燃えていたら独仏は和解できずヨーロッパもなかった」

と言う時、それはパリが燃えていたら、シュレンドルフ一家がフランスにやってきて彼がフランス語を話すフランス人としてフランス映画を学びキャリアを築き、それをドイツに還元するようなことも不可能だった、と言っているのに等しい。

冒頭のワルシャワの映像にはベートーヴェン、そして最後は美しいパリの風景、セーヌ、エッフェル塔にジョセフィン・ベーカーの『J'ai deux amours』のリフレインの部分がかぶる。

「私には愛するものが二つあるのよ、私の国と、パリ」

というこのリフレインって、パリに住む外国人をみな万感の思いにさせてくれるものだ。

「私の国とフランス」ではなく、「パリ」である。

女声で歌われると、「私の国」も「パリ」も男性名詞なので味わいがある。

女性名詞の「フランス」では成り立たない。

「パリってすてき」というのはあまりにも月並みなので意識できないが、この映画の最後のパリはフォトジェニックで、やはりこの最初と最後の映像と音楽のおかげで、舞台作品である原作を超える広がりが生まれたと思う。

それにしても…

確か69年前、アメリカ軍は東京を焼きつくしたよね。

広島、長崎が後に続くことを別としても。

あの焼け野原の東京で、日本はよくアメリカと和解できたよなあ。

まあ当時すでに4年もドイツに占領されていたパリと、しかし「戦勝国」の仲間入りできたフランスと、日米関係を単純に比べるのは無理だとしても、そしてそのどちらの「戦後」にも大きな影響を与えた「冷戦」構造があるにしても。

戦後の日米の「同盟関係」、「核の傘」の選択は分かるにしてもあの「お友達関係」樹立風なのは、シュレンドルフの言っている意味での「和解」とは、きっと、全然別のところにあるんだろう。

まあ加害者であるアメリカの「天然」ぶりが果たした役どころも大きかったのかもしれない。

どちらにしても、今、シリア情勢、アフリカ、そしてクリミア半島などを見る時、この映画の発する、

「外交の力」、「言葉の力」、「抜け道、逃げ道を作っておくことの大切さ」、「力による破壊の後に真の和解は生まれない」

というメッセージは貴重だ。

そして私たちは破壊のすさまじさばかりに衝撃を受けて絶望するけれど、その陰には、たとえばたった一晩で人の心を動かし、破壊や殺戮を回避し、歴史の流れを変えるような有名無名の賢者たちがいたり、外交術が展開されていたりしたのだろうことにも思いをはせることができる。

それなしには、人間への信頼と未来に対する希望は、生まれない。
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by mariastella | 2014-03-10 02:09 | 映画
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