L'art de croire             竹下節子ブログ

ウクライナ、ロシア、ヨーロッパ

EU議会の選挙で、反ヨーロッパ、脱ユーロの極右国民戦線がフランスで最大の票を獲得して、他のヨーロッパ諸国でも、ヨーロッパ懐疑派が議席を増やし、ヨーロッパの夢ももう風前の灯なのかと悲観する人もいるが、同日のウクライナ大統領選では予想通り親ヨーロッパ政権が生まれた。

ウクライナとロシアの確執を見る一つの視点が、宗教事情だ。

一応、最大宗派は東方典礼の正教なのだが、ウクライナがソ連から独立した際に、キエフの主教がモスクワの主教から独立してしまった。ウクライナの東部では司教任命権のある自治教会が健在だが、教会法的には、司教任命の認可をモスクワ大主教に仰がなければならない。それは今も残っている。それに対抗して、1991年にドゥニセンコ司教がキエフ主教としてウクライナ正教を確立したのだ。

それだけではない。ウクライナには16世紀末にコンスタンチノープルと袂を分かってローマと横並びした東方典礼カトリックというものがある。

その頃のウクライナはローマ・カトリックであるポーランドやリトアニアと併合されていたのでその影響を受けたのだ。今でも400万人以上の信者を擁するこの宗派は、しかし、1945年にスターリンによってロシア正教に回収された。司祭たちがとらえられ、強制労働に送られ、1946年末に204 人の司祭がラテン異端を棄教する宣言をしてロシア正教となった。

けれども、亡命者の他に地下に潜ってカトリックの信仰を持ち続けた人たちがいて、共産主義が崩壊した後で、「隠れカトリック」が姿を現した時は、やはりポーランドのカトリックと「連帯」して冷戦終結に心血を注いだヨハネ=パウロ2世をいたく感動させた。

西のリヴィウでは今もラテン典礼のウクライナ教会まであるのだが、東方典礼カトリックは首座をキエフに移したためにますます「反ロシア」勢力の温床となっている。

ロシア正教も冷戦時代に「民衆のアヘン」扱いの御用宗教として骨抜きにされてきたわけだけれど、冷戦後は、国の統合のツールとしてうまく使いまわされ、キリスト教という「共通言語」の使い手として欧米との関係の円滑剤となってきた。
ロシアの修道院はこの25年に18から800以上に増えたそうで、ロシアの「霊性」復活は半端ではない。

しかし、ウクライナ正教がモスクワ正教から「独立」するのはロシア正教にとって望ましいことではない。なぜなら、もともと、ロシア正教のルーツがウクライナにあるからだ。

この地域のキリスト教への改宗は988年にキエフで始まった。

今のロシア・ウクライナ、ビエロロシアなどを含む中世の東スラブの国であるキエフ・ルーシ大公国が洗礼を授けられたからだ。

キリル文字のルーツもここにある。

要するに、ウクライナの教会を配下において制していないと、ロシア正教を統合のツールとして使っているロシアとしては非常に都合が悪いわけだ。

逆に、ウクライナの方は、キエフの宗教的独立は、伝統的なルーツとしてロシアに対して優位を感じられる大切な部分だし、ローマ・カトリック圏をルーツに発展したヨーロッパとの関係から言っても、ウクライナの東方典礼カトリックも戦略的な意味がある。

もちろん、キエフのウクライナ正教とウクライナ・カトリックの間にも微妙な軋轢はある。

外から見ていると、そもそも冷戦時代にロシア正教が生き延びてきたこと自体にも感心するし、冷戦の終結において正教だの東方カトリックだのが再び重要な地政学的意味を担ってていることにも改めて驚く。

日本では近代の荒波や敗戦と復興などの過程において、民族宗教である神道、特に政治的であった国家神道などが挫折したのはしょうがないにしても、普遍宗教である仏教もあまり国際的、外交的、内政的なツールとして使われなかった。

そんな国のそんな時代に生まれて育った私にはウクライナ、ロシア、ヨーロッパの宗教の駆け引きの現状を見るのが新鮮でもあり不思議でもある。

新大統領ポロシェンコはいつもロザリオを持ち歩く熱心な正教徒だそうだが、モスクワ主教下のウクライナ自治教会信徒なのでロシアとの緊張はやや緩和される。今年の復活祭にはキエフ主教のウクライナ正教会にも、ギリシャ典礼ウクライナ・カトリック教会にも現れて、宗教間のバランスをとることも忘れないし、政府のメンバーも宗派的に偏らないように配慮する模様だ。

和解と正義を基盤にした平和を築いてほしいものである。

 
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by mariastella | 2014-05-29 00:15 | 宗教
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