L'art de croire             竹下節子ブログ

Qu'est-ce qu'on a fait au Bon Dieu? (フィリップ・ド・シャヴロン)

フィリップ・ド・シャヴロン(Philippe de Chauveron)のコメディ『神さまに何したっていうんだ?』が、観客動員記録を更新し続けている。

近年のフランス・コメディの大ヒット作『最強の二人』だとかダニー・ブーンの『シチィにようこそ』と同様に、もうリメイクの話が持ち上がっているらしい。

前者は金持ち貴族の障碍者と黒人の介護人の友情、後者は南フランスの男が最果ての北に飛ばされて偏見に満ちたカルチャーショックの中での友情、とどれも微妙に、フランス内の偏見やら差別などを自虐的に笑いながら、でも、結局ぼくたちって分かり合える人間同士、ヒューマニズムだよね、という自己満足のハッピー・エンドになっている。

今度の映画はそれをさらに突き進めたものと言える。

1965年生まれの監督自身が貴族の家系で「古き良きフランス」を知り尽くしていると思うのだが、物語は、シノンの郊外の館に住むブルジョワの夫妻の娘たちがユダヤ人、アラブ人(といってもアルジェリアのベルベル人だが)、中国人と結婚して、カトリック教会で結婚式も上げなかったのを両親が悲観していたところ、ついに末娘がカトリック信者と結婚すると聞いて喜んだら、コート・ジボワールの黒人だったという話だ。

先の3人は移民の子孫にしてもフランス生まれのフランス人なのだが、宗教が違うところが決定的に問題だ。

しかし、4人目の婿は「外国人」でアフリカ人なのだ。

これだけカリカチュアルな設定なのに、「誰でもみんな少し人種差別者だ」ということを平等に笑い飛ばすので、罪悪感がどこかに行ってしまってみんな仲良く機嫌よくなれる展開になっている。

3人の婿たちにとっても、4人目が黒人というのはショックだが、たとえばムスリムの婿にとっては4人目がモロッコ人ならもっと許せないとか、ユダヤ人の婿はアシュケナージのユダヤ人は絶対に嫌だとか、中国人の婿は二人目の中国人はごめんだとか、それぞれ、「同類」は嫌がる。

教会の司祭はいかにも偏狂そうな若造で、「自分の司教はなんとマダガスカル人だから、グローバリゼーションですよ」と言いながら、黒人の花婿候補を紹介されて言葉を失うバカっぷりだ。

黒人のシャルルは舞台俳優であり、彼の両親にとっても、過去に植民支配をしていた宗主国フランスの白人の娘と結婚するなどとても許せない。

それでも、父親たちの敵意の反動のように、まず2人の母親同士が打ち解けて理解を示していくところなど、基本的には『招かれざる客』(スタンリー・クレイマー、1967)と人間ドラマの落としどころの本質は変わっていない。

フランスはヨーロッパでもっともミックス婚が多いと言われている。実際、3代以上続けてフランスで生まれ育ったフランス人同士が結婚するなど少数派だと思えるくらいだ。

イタリア、ポルトガル、ポーランドから大量の移民が来てフランス化しているので、その場合はカトリック文化圏だし見た目も対して変わらない。

前大統領のサルコジがハンガリー系の二世で、今の首相のヴァルスもスペイン系でフランスに帰化した人だ。

ハンガリーもスペインもカトリック文化圏だから差別の対象にならないですんなり来たのかもしれない。

それに対して、旧植民地国からの移民の子孫の立場は、ずっと微妙だ。

イスラム文化圏の人々はもちろんだし、カトリックの被宣教地だったブラック・アフリカの人々は肌の色の問題がある。
それをいうなら、今も昔もフランスの海外領や海外県として残るカリブ海のグアダルーペやマルチニーク出身の黒人は、もっとさかのぼるといわゆる「奴隷の子孫」であるけれど、何世紀もれっきとした「フランス人」だ。いや、身体能力が高ければさらに一級フランス人としてサッカーのナショナル・チームで国の誇りとなって活躍することは、ベルベル系のジダンやベンゼマと変わらない。

そう、サッカーと言えば、今年はブラジルの黒人選手にバナナが投げ込まれた事件などから、日本国内の試合ですら人種差別的事件があって問題になった。けれども、サッカー(や近代の多くのスポーツ)がもともと、イギリスのパブリック・スクールや大学という環境でルールが定まって発展してきたことを思うと、こんな風に中南米を含めて世界中が熱狂するスポーツになったこと自体が不思議と言えば不思議だ。

ブラジルはサッカー王国と言われるけれど、サッカーがもたらされたのは19世紀末のイギリス人チャールズ・ミラーによってだった。ポルトガルの植民地でカトリック、ラテンの文化圏だったから、アングロサクソン主導のスポーツは敷居が高くても不思議ではなかったはずだ。

実際、1921年に当時の大統領が、「色の濃すぎる」選手がブラジルのナショナル・チームでプレイするのを禁ずる通達を出した。

歴代の監督たちはそれを無視したのだが、1950年のワールドカップで隠れた人種差別が噴き上がった。
開催国だったブラジルが、圧倒的な強さで進撃して初優勝を期待されていたのに、決勝でウルグアイに負けたのだ。
スタジアムで自殺者が出るほどの騒ぎになり、新聞にはインディオや黒人たちは怠惰であり、戦略をリスペクトすることが遺伝的にできない、などとのコメントが出た。その時に9歳だった肌の黒い少年ペレが、8年後にブラジルの初優勝をけん引する。

それにしても「白人のスポーツ」だったサッカーがわずか数十年で国民的スポーツになるとは、サッカーが野球などと違ってボールだけで路上で訓練できるという事情があるにしても、驚くべきことだ。

まあ、実力さえあればスラム街に生まれてもセレブの頂点に上り詰められるというある意味で「民主的」なサッカー世界だったわけだが、今やすっかり産業化して、今回のワールドカップの新スタジアム建設で25万人の庶民が退去させられたという事実もあるから、もはや自由と可能性のシンボルというものではない。

アルジェ大学のサッカーチームでゴールキーパーをしていたカミュが、「ボールは来ると信じた方向からは絶対にやってこない」ことを学んで人生に役立てた(byジャン=クロード・ミケア)などという時代も過去のものだ。
哲学者のミケアは1998年、フランスが優勝した年に、『知識人、民衆、そしてボール』という本を書いた。この三者の関係においてサッカーは神に似ている、とも言われる。
「多くの信者の熱狂的な信仰とそれに対する知識人の不信」故だという。

「神」自身がどんなものかは知らないが、神の名において指導者が信者の熱狂を煽るタイプの演出がなされる宗教儀式などは莫大な金が動くところも含めてスポーツ観戦産業に似ていなくもない。

そして今や何につけても「大衆」とか「民衆」の熱狂は、警戒されたりさげすまされたりするどころか経済至上主義の社会での「徳」にすらなっているから、「知識人」が民衆のお祭りに冷ややかな態度をとるなどとてもできない時代だ。

無神論を唱えることはできても、「拝金」の教義を擁する産業に疑義を呈することは難しい。

同じ意味で、見かけの人種差別や偏見を越えればみんな同じ人間で仲良しになれて共にお祭りを楽しめるのだという「正しいメッセージ」入りの感動ドラマの前では肯定する以外の選択肢はない。

こういう「分かりやすい正しさ」の前に何か大切なものがごまかされているような違和感を突き詰めるのは、本当に難しい時代になったと思う。
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by mariastella | 2014-06-18 00:15 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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