L'art de croire             竹下節子ブログ

お金にまつわる二つの映画を観て、トマ・ピケティを思う

最近観た2本のフランス語の映画には考えさせられた。

一つはベルギーのダルデンヌ兄弟の『二日と一夜』(邦題 サンドラの週末)。

鬱病で休んだ後工場の仕事に復帰しようとした女性(2児の母、夫は料理人)サンドラが、工場で、彼女の復帰を認めずに現行体制でやっていくなら全員に1000ユーロ(14万円弱?)のボーナスが支給されるとして投票した結果、失業しそうになる。

何とかパトロンに再投票を約束させたサンドラは、週末の2日間をかけて、投票権のある16人の同僚にボーナスを捨てて自分を救ってくれと頼みに回る。

その屈辱感や、頼まれる方の同情心だの義侠心だの罪悪感だの、家族や友人の支えだのが、丁寧に、密度高く、しかもサスペンスフルに描かれていて、フランス女優のマリオン・コティヤールも名演で、完璧な映画だ。

完璧すぎて、映画やストーリーがどうとかというより、自分や自分の生きている社会について深く考えさせられてしまう。

もちろん、内乱の国、テロリストに侵攻される国、一党独裁の国などもっと深刻な場所は世界にたくさんあるけれど、フランスとかベルギーとか日本も含めて、こういう映画を観に行く人たちがまあまあの消費活動を普通にしている国に存在するこの「不平等感」の切実さに、くらくらとしてしまう。

次の映画は、ディディエ・ル・ペシャールの『私のほしいものリスト』だ。

こちらは、たかが1000ユーロではなく、なんと1800万ユーロ(20数億円)という巨額がテーマになる。

10万円の臨時収入があるかないか、それを諦められるかどうかというのは、自分に当てはめて想像もできるが、20数億円というと見当がつかない。

こちらも2児(と言ってもほぼ成人している学生)の母がヒロインで、フランスの地方都市に住み、夫はブルーカラーだけれど彼女は洋裁道具の店を経営していて、ブロガーとしても人気で友人もいてまあ幸せに暮らしている。
夫がアルコール依存だった時期に3番目の子を死産して夫婦の危機があったけれど、その後ふたりとも努力して一戸建ての家も持っている。

ヒロイン役のマティルド・セニエはポランスキーの伴侶であるエマニュエル・セニエの妹で役者一家の名女優だが、この映画でもすばらしい。

ロトで大金を手にしてしまったが生活を変えることが怖くて黙っていたら、それを自分に対する不信なのだと絶望した夫によって小切手を奪われる。
夫にとってその額はまず、自分の給料の650年分だという数字だったのだが、彼女にとっては人生の意味を考えさせられる「できごと」だったのだ。

自分と周りの他者のいい関係を築けている人でそれを維持できるだけの収入がある人には、それ以上の大金の使い道はすぐには思い浮かばない。けれども、今の拝金主義の消費社会では、広告やら「セレブ」の生活の情報があふれているので、多くの人は、大金の数字を見ると、身の丈をはるかに超えた別世界をたやすく思い描いてしまうのだ。

 「拝金」に対して卑しさや下品さという含意があった時代はそう遠くないし、「拝金」や「浪費」の否定を徳としたりエレガンスとしたりしている人もまだたくさんいるとは思うのだけれど、グローバリゼーションと新自由主義の一方的な躍進がそのような徳やエレガンスを人々の建前から吹き飛ばしてしまった。

なんだか、トマ・ピケティの『21世紀の資本論』に思いをはせてしまった。

昨年出版されたこの本は3月に英訳が出てからすでに50万部のベストセラーになり、5月には『ザ・エコノミスト』誌で、赤警報、現代のマルクス現われる、のようなセンセーショナルな取り上げられ方をされている。

でも要するに、冷戦終焉以来、身もふたもなくグローバル化した今の新自由主義経済下では利益の再分配が起こらず、投資のリターンが資本家ばかりを一方的に富ませる構造になっていることを15年も研究してまとめたという本だから、当然、新自由主義陣営からの批判は少なくない。

フランスにおいてもグザヴィエ・タンボーらから資本への課税が不平等の解消にはつながらないと言われている(いろいろな提言があるのだけれど、とても具体性を感じたのは、だれでも、自宅の「賃貸価値」に応じて課税されるというような部分だ。単に今のような固定資産税ではない)。

ファイナンシャル・タイムス紙などからは散々叩かれていて、イギリスに対する統計の解釈が誤っていると断罪され、ピケッティは反証を求めたがまだ答えを得られていないそうだ。

ピケティが、いわゆる「共産主義」への回帰を唱えているのでないことはもちろんで、冷戦時代のように共産主義計画経済と市場原理主義経済を比較対立させようというのではない。

資本主義と共産主義の対立は、不平等の問題への洞察をむしろ不毛にしてきた、経済学は精密科学ではない、イデオロギーにとらわれないところでプラグマティックに対応させなければならない、とピケティは述べる。確かに、この43歳とまだ若い経済学者の政治的立場は、いわゆる「左翼」とかフランスの社会民主主義の旗手のようには見えない。

けれども、社会党のシンパであることは間違いがなく、2007年に社会党の大統領候補のセゴレーヌ・ロワイヤルの参謀になっていた。それなのに、その前年には当時の首相だった保守政権のドミニク・ド・ヴィルパンの要請で大学系のパリ経済スクール(国立大学が主のフランスではそれまでビジネススクールはすべて私立であった)を設立してディレクターになっている。

当時は、オーレリー・フィリペティと事実婚をしていたのだが、そのフィリペティは現在、社会党政権での文化通信大臣である。

でもこの2人はもう別れていて、フィリペティの方は今、貴族でありド・ヴィルパンの従弟でもあるフレデリック・ド・サン・セルナン(元保守政権の国務長官だった)と暮らしている。

彼らの共通点はみなフランスの最高峰のグランゼコールを出ているということだ。

こういうのを見ていると、保守とか革新とかいう以上に、エリートの集団ということが分かる。

フィリペティはその名が示すようにイタリア移民の子孫だし、ピケッティの両親も労働運動をしていた。
そういう階級の子弟でも無償の公教育オンリーでエリートになれるフランスの教育社会主義が機能していた証拠かもしれない。

けれども、今の市場原理主義経済の格差社会では、低収入家庭の子弟ほど高学歴に至らないばかりか敗残者にさえなるという現実がある。

一方で、社会党政権であけ何であれ、結局、権力は同窓のエリートたちが掌握しているという現実があるのだ。

1800万ユーロの不労所得は株の配当であれロトの当選であれ、人が真に「人間的」にふるまえる額ではなく、1000ユーロで失業かどうかが決まるような社会環境もまた人間的に生きることができないということだろう。

実際、2つの映画のヒロインはどちらも、ストレスが頂点に達したところで自殺を図るのだ。

人が生きて、他の人と人間的に関わるのには、「適正」な額の金というものが必要なのだろう。

「公正」と「適正」のバランスをいつも考えなくてはならない。
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by mariastella | 2014-06-21 03:03 | 映画
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