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L'art de croire             竹下節子ブログ

ワールドカップと人種差別とナショナリズム

昨日は午後6時から真夜中過ぎまでが、ワールドカップのフランス戦(対ナイジェリア)とアルジェリア戦(対ドイツ)が続いたので落ち着かなかった。

私はテレビ観戦しないが、ゴールなどある度にどこからか歓声が聞こえてくるし、勝利したら町に繰り出す人やクラクションなどで騒がしい。

特にアルジェリア戦はチーム史上初めて決勝トーナメントに進出した夜にサポーターがフランス中で大騒ぎしたので、極右のフロン・ナショナル党首が「二重国籍を与えるな」と言ったり、昨日もニースではわざわざ「公共空間に外国の旗を出すな」という通達が出されたりしていた。

もしアルジェリアが勝っていたら、準々決勝でフランスと対決することになるのだからまた不穏な空気で嫌だなあと私は懸念していた。

アルジェリアの22人の代表選手のうち16人がフランス生まれでフランス国籍を持っている。フランスのカリム・ベンゼマと同じだ。どちらのチームでも選べるわけだ。

ジダンの頃なら「フランス人」で誰も疑問を抱かなかったが、今は移民二世とか三世とかのレッテル付けが普通になっているていう時勢がある。

日本の場合、日本生まれの隣国人が帰化していてさえ差別的言辞の対象になったりする国なので、基本的に、「フランスで生まれて教育を受けてフランス語を話したら二重国籍OKで、どんどんフランスの理念を体現してください」みたいなのことは想像もつかないかもしれない。

もっともそういうフランスの「同化政策」(といってもフランスはそれを「フランス化」と思っていないで普遍主義の共和国理念だと思っているし、少なくとも政教分離はしているから、帝国主義的な同化政策とは少しニュアンスが違う)が破たんしてきているからこそ、移民二世や三世のゲットー化や暴動や、最近では刑務所やSNSで洗脳されてシリアなどの「聖戦」に参加する若者の問題などが噴出しているわけである。

そこを右翼はついてくるわけだ。

しかし現役の政治家の中にも、独立前のアルジェリア生まれという人が普通に存在する。
日本で「満州生まれ」と言うのとは少し意味が違う。
アルジェリアは「植民地」からフランスの海外「県」になっていたからだ。
二度の大戦で「アルジェリア県」の人々はアラブ人でもベルベル人でも「フランス人」として戦った。

独立戦争後にアルジェリアから引き揚げてきたヨーロッパ系の人々や、独立戦争でフランスに与したベルベル系の人々は、似たようなアイデンティティを抱いている。

共和国主義を体現している二世三世の共和国エリートもたくさんいる。

しかしフランスではまさに、その徹底した共和国主義ゆえに「何々系フランス人」という形容が公に禁じられているから、彼らは「フランス人エリート」でしかなく、「マイノリティの成功者のモデル」という形では取り上げられない。ロール・モデルとしてはかえって目立たないのだ。

黒人となるとさすがに外見の差異によって目立つわけだが、サッカーの黒人選手の場合、一昔前はその多く(チィエリー・アンリなど)が今も「海外県」であるカリブ海のグアダループやマルチニック系の家庭出身だった。

しかし、1998年のフランス大会で優勝した時にアラブ系、アフリカ系、白人系とミックスした「フランス統合のシンボル」と称揚されたチームの時代と今ではずいぶん変わった。

今のフランス・チームの黒人選手はアンゴラからの難民(難民船の中で生まれた人もいる)や、セネガル出身、コンゴ出身など、アフリカ系の移民二世のような人が多い。

ドイツのチームに一人だけいる「黒人」選手は父親がガーナ人で母親がドイツ人のハーフで二重国籍、きょうだいはガーナのチームの選手になっている。

イタリア・チームにも珍しく黒人選手が一人いるが、この人はシシリアでガーナ人の両親のもとに生まれ、実家の困窮のため3歳で里子に出された。有名になってから実の親が「返却」を求めたが、彼は自分にはイタリア人のアイデンティティしかないと言って18歳でイタリア国籍を取得した。

サッカーで黒人選手に対する人種差別事件が話題になったのは記憶に新しいけれど、その経歴はさまざまだ。

言えることは、白人の国の白人選手でも、ハングリーな環境で育った人が多いことで、これは肌の色と言うよりも、やはり、スポーツの世界では生まれや肌の色にかかわらず、才能がありハングリー精神をもってのし上がれば「出世できる」という構造があるからだろう。

施設や道具を必要とするスポーツと違ってボール一つでスラム街でも技を磨けるサッカーというスポーツではそれが特に顕著だ。

といっても、「ポケットに金が詰まっていては走れない」と言われるように、あまりにも巨額な金を得てしまうと、ハングリー精神が枯れてしまう。

今回のフランス・チームのように、リベリのようなスター選手が欠けてしまい、若手ばかりになった方がかえってまとまったというわけもその辺にあるのかもしれない。

フランスにいるので、周りの喧騒に巻き込まれないようにフランス戦の時の買い物や外出の時間帯をアレンジするようにしている。

私は基本的にはサッカーが好きではない。音楽のアンサンブルをやっているので、チームプレイにおけるメンタルというものにはすごく興味がある。
でもそういうものは、たとえばバレーボールなどの方が共感を持てる。

球技なのに試合中に殴ったり蹴ったり頭突きしたり噛んだりなどという暴力が頻発するようなサッカーは苦手だ。柔道のような格闘技の方が怪我はずっと少ないと思うし、少なくとも野蛮な感じは全然しない。

でも、サッカーのワールドカップは、例えば世界の最貧国に属するような国でも、たとえ強い個人は金でヨーロッパのチームに買われていったとしても、ワールドカップではナショナルチームに戻ってその国の名のりをあげられるところが面白い。

経済力のランキングや軍事力のランキング、成長率などのランキングばかりでうんざりしているので、それ以外の基準でできた世界のランキングを見ることによって世界への視線が相対化されるからだ。

言ってみれば「多様性」を実感できるいい機会だということだ。

何十年もフランスのような国で生きてきてなお、こういう機会に人種差別や移民問題も含めていろいろなことを考えさせてもらえれるのだから、日本がこういう大会に参加するようになったのは貴重な機会だなあと思う。
by mariastella | 2014-07-01 22:17 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/

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