L'art de croire             竹下節子ブログ

悲惨なニュースが続くこと


フランスではこのところ、8時のテレビニュース(日本の7時のニュースに相当)を子供に見せるとトラウマになるという問題が盛んに取り上げられている。

大人でもいいかげん落ち込む。

マレーシア航空機の残骸、ガザでの殺戮、病院に運ばれる子供、シリアにイラク、子供たちの死者が出た国内のミニバス事故。

そんな時に、先日、同じニュースで山岳遭難のレスキュー隊のヘリコプターの活躍のドキュメンタリーを流していた。山で転落して動けなくなった70歳の男性を救うためにアクロバティックな飛行で救助員を下すヘリコプターの技術は感動的だった。
もう少し遅ければ男性は助からなかっただろう。
このような要請が日に8 件もあるということだった
そして救助された人には費用が一銭も要求されないと付け加えられていた。

70歳で一人で夏山登山するのだから、気力体力にすぐれ経済力もある人だろう。

その人が一瞬の事故で弱者に転落し、必死の救助を受けられる。

救助のチームはいかにも使命感に満ちていて、真剣で、万全を尽くしているのが見ていても伝わってくる。
頼もしい。

子供たちがこういうのを見れば、命の尊さや、弱者を救うことにはコスト計算などないのだと分かってもらえるだろう。

一方で、ガザの子供たちはあっさりと殺されていく。

長期的に見るとイスラエルの最大の問題は人口減で、パレスティナ人の最大の強みは人口増加、若年人口の増加だと読んだことがある。
だからハマスは戦略の一部として子供を危険な場所に人質として残して、殺されることで国際世論を味方につけようとしているのだとか、逆にイスラエル側はまさに、ガザの若年人口のパワーを削減するために非対称な殺戮を続けているのだという見方もある。

どちらも、戦争状態においては子供の命が軍需品の一種だと見なされているかのようだ。

ウクライナのマレーシア航空機事故でオバマ大統領が最初がえらく断定的にロシア攻撃をしているのもパレスティナやイラクなどの情勢から目をそらせるためかもしれないと胡散臭い。

ウクライナ政府軍による誤射という可能性も大いにある。2001年にロシアのTu-154が黒海に墜ちた時、ウクライナ側は初めは否定して後から謝罪した「実績」がある。もちろん、ソ連も大韓航空機を撃墜した前歴があるし、アメリカも1988/7/18にイラン-イラク戦争の時に巡洋艦USS Vincennesが、テヘラン‐ドバイ飛行中のイラン航空の655便を撃墜して290人の犠牲者を出したけれどレーガン大統領が謝罪したという記憶はない。

戦争があったり兵器があったりする時と場所では、このような「事故(?)」はいつでもどこでも起きうるということだ。天災や単発の交通事故などと決定的に違う明らかな人為的リスクだ。

それを可能にしているのはやはり、軍事産業とそれにまつわる国際的な利権構造であり、それをエスカレートさせる「強者に課せられていた規制」を緩和、撤廃するという新自由主義によるモラル崩壊だ。

航空機の残骸や傷ついた子供などの情緒に訴える画像だけに捕らわれていると事の本質は見えてこない。

体の中に、一ヵ所でも深刻に傷ついたり病んだりした場所があると、それがいつかは体全体を蝕み、命を奪う。一番弱い部分をケアしたり支えあったりすること以外に「全体」の生存とそのクォリティの維持は不可能だ。

「共に生きる」ことが「生きのびる」ための唯一の方法だといくら言っても言い足りない。
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by mariastella | 2014-07-23 19:33 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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