L'art de croire             竹下節子ブログ

第二次世界大戦

毎年8/15が日本の「終戦記念日」ってことは刷り込まれているけれど、今年はフランスでも、プロヴァンスに連合軍が上陸した70周年で、ノルマンディ上陸作戦に続いてセレモニーがまたメディアに大きく取り上げられた。オランド大統領は、第一次大戦開始100周年と、第二次大戦の終結70周年(正確には来年だけれど、フランスにとっては連合軍によってドイツ軍を追い出してド・ゴールがパリを取り戻した1944年の夏の意味が大きい)を目いっぱい利用している感じだ。

第一次大戦はさすがに「生き残りの兵士」というのはいなくなったので、今は90代に突入して次の節目80周年にはさすがにもう証言を聞けないだろうという第二次大戦のベテランたちがクローズアップされている。

で、前にも健康ブログの方に書いたのだけれど、映像番組などでそういう旧軍人の方々が出てくるたびに生命力に圧倒される。

そんな時、NHKの番組のペリリュー島の戦いについてのドキュメンタリーをyoutubeで見た(5パートに分けられている)。

出口なしの島で、日米の「精鋭部隊」が最後はもう何の意味もないほどの死闘を繰り広げて、日本軍1万人のうち生存者は34人とかいうのだから悲惨だ。このドキュメンタリーでは、日米とも数名ずつがインタビューに答えている。

どちらの側も、ある意味で似ている。

心身ともの強者、運も強い人たち。PTSDなどのコンセプトもケアもなかった頃に、深いトラウマを受けて「人生はそこで止まった」とまで言う人もいるのだけれど、ここでインタビューされている人たちのサヴァイヴァル能力に感嘆する。

もちろん「その後の人生」で病気や事故でダウンした人もいるだろうし、今の生存者でも、老衰、心身の衰弱のせいでインタビューを受けられる状態にない人もいるだろうから、この番組に出てくる人は「強者中の強者」である。

そうなると、皆、似てくるのだ。

ひどい体験も憎しみも恐怖も狂気も、時に濾過され、生存戦略によってアレンジされる。

第一次大戦のベテランたちは、そのまま第二次大戦も体験してしまったので、証言が聞けた時代の語りのニュアンスや印象はまた別だった。でも第二次大戦のベテランで今生きている人たちは皆第一次大戦後に生まれた人たちだ。記録に残るペリリュー島に派遣されたアメリカ海軍精鋭部隊の若者たちは、最初は若さの持つ楽観と自信、意欲に満ちているように見える。

その後に来る不条理な、悪夢のような展開は予測していなかっただろう。

日本軍の兵士はアメリカ人よりはもっと「玉砕」の覚悟などを刷り込まれていただろうけれど、仲間に処刑された人がいるのを見ると、投降や逃亡など不服従に走った人もいたのだ。

そういうものをすべてすり抜けて、生き延びて、その後もさらに70年も生きてきた人たち。

その姿に一番考えさせられた。彼らが「死」とどうやって付き合ってきたのか、「殺した者」や「殺された者」たちとどうやって折り合いをつけてきたのか、つけてきていないのか、それが「生き方」や「生き延び方」にどう関わっているのか、もっと知りたい。でも、もう時間はあまりない。
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by mariastella | 2014-08-17 21:03 | 雑感
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