L'art de croire             竹下節子ブログ

ドゥブロヴニクの話 その1

自分で決めた行先ではないのであまり気が進まなかったのだけれど、クロアチアのドゥブロヴニクに行ってきた。

アドリア海の真珠と言われる城塞都市だ。

確かに、一見の価値がある。

城壁をぐるりとめぐっても一時間ほどしかかからない小さな港町に、いろいろなものがぎっしりつまっている。

ユダヤのシナゴーク、セルビアの正教会、ドミニコ会修道院、フランシスコ会修道院(アッシジのフランチェスコもこの町を訪れたそうだ)、聖イグナチオ教会(ローマのコピーで、教会内にルルドのコピーもある)、聖クララ修道院(これはレストランなどになっている)、聖母被昇天大聖堂、この町の守護聖人である聖ブラホ(ブラシウス。フランス語では聖ブレーズとして人気で喉に異物、特に魚の骨が刺さったりした時に祈る)その他、行政府などの宮殿や要塞など見どころがぎっしりつまっている。

旧ユーゴスラビアで、明らかにスラブ系の文化やメンタリティがあるのに、地中海とつながっていてイタリアとも近く、ヴェニスに支配されていたこともあるので、ラテン系の文化やメンタリティも濃く、そのギャップが不思議だ。

こんなに小さな町なのに、海洋貿易の拠点として中世のラグーサ共和国はヴェニスやピサとも並んで栄えていた。その意外さもおもしろい。

なぜこんなにカトリックの重要な建物があるのかという理由も興味深い。

この辺は島が多く、島々の司教区は、ダルマチアの中心スプリットの大司教区に属していた。

ところが998年に公会議のために司教たちがいっしょに船に乗ってスプリットに向かった時、嵐に会って難破し、全員死亡した。

教区民はショックを受けて、危険な移動をしなくてもすむように、ドゥブロヴニクを大司教区に格上げしてもらうようローマ法王に陳情し、999年に許可されたのだ。

しかしスプリットがドゥブロヴニクの独立に反対したり、1000年にクロアチアがヴェニスの支配下に入ったり、その後、別の司教区がドゥブロヴニクから独立しようとしたりなど様々な展開があった。それでもドゥブロヴニクは1828年にレオ12世によって廃止されるまで大司教区であり続けた。

だから、立派な建物や、聖性を担保するための立派な聖遺物コレクションがあるのだ。海洋貿易で得た経済力も反映されている。

特に、守護聖人のブラシウスなど、別にローカル聖人ではなく4世紀のアルメニア主教なのに、頭蓋骨、両腕、片脚の聖遺骨がカテドラルに飾られているから、すごい。

こことか
ここで少し見える。

聖十字架のかけらもパリのノートルダムのより大きい。

まあ、こういうエピソードをきくと、真っ先に浮かぶ感想は、

「そうか、そういう司教さまたちが公会議に出るためにたくさん乗っていた船でも嵐にあって、さぞや祈ったろうに全員死んだなんて、海難事故なんてそんなもんだなあ」

だったりするのだけれど、リチャード獅子心王が付近を航海中に遭難しそうになって祈って助かったのでお礼に聖堂を奉納したとかなんとかいうエピソードもあったようだし、「効験」がある時もあるのだろう。

1667年の大地震の時に助かった「聖ブラホの奇跡の像」というのは聖ブラホ教会に飾られている。

そう、この地震で町が壊滅的打撃を受けたので、すべての教会は再建された。で、建築家をローマに送って、当時はやっていたバロック様式を取り入れたのだ。だからどの聖堂も豪華で演劇性がある。

聖ブラホの像だけ奇跡的に助かっても意味がない、守護聖人なら町を地震から守るべきではないか、大地震の後ではお払い箱だ、と思ってもよさそうだが、そんなことはない。

これはナポリの聖人たちを見ていてもつくづく思うのだが、ヴェスヴィオ山の噴火の度に、守護聖人への信頼度が減ったり責任を問われるわけではなくて、別の聖人が召喚される。

つまり別の聖遺物を手に入れて、聖堂を作り、町を奉献するわけだ。

それでも噴火はあるし、ペストは流行るし、その度にまた別の聖人に祈って、たまたま事態が収束するとその聖人も守護聖人にしてしまう。守護聖人はどんどん増えて、つまり守護聖人のチームができてしまうわけだ。

災害はなくならないけれど、なんだか、だめだった時よりも、効験のあった時の方を人々は覚えていて感謝して、その「成功体験」にすがって生きているかのようだ。

災害に繰り返し見舞われる時に、人々が

「ひょっとして聖人だの神だのの加護を祈るシステム自体が機能していないのでは?」

などと思うことは絶対にない。

21世紀、9・11直後のNYでさえ、神の加護を祈るチラシがさっそく配られていた。

まあ、こういう神頼みシステムを野放しにすると詐欺師がいくらでも出てきそうだから、それらを管理する宗教がしっかりしているのはいいことだろう。

この夏、ナポリの宝物展をパリで見たのだが、守護聖人群は、皆、立派な胸像だった。

その胸にわずかに開いた部分に遺骨のかけらが収まっている。

大天使や聖母など遺骨のない場合は、代わりに宝石が収められている。

ドゥブロヴニクでは、腕の骨なら実物大の腕の金細工の模型みたいなものに収められていて一部が見えるようになっている。

カテドラルには、守護聖人のブラシウスのものだけでなく、奥の棚にぎっしりと腕やら脚が並べられていて、なんだか医学の標本室みたいで壮観だ。あるいは、聖地で奇跡の治癒を得た人がそのお礼に、治った体の部分の模型を記念に奉納したのが並んでいる場所も連想する。

キリストに関しては、両膝が血まみれになっている磔刑像もあるけれど、システィナ礼拝堂の影響を受けたのか、主祭壇に最後の審判で右手を掲げた勇ましいキリスト像があるのが印象的だった。

それにしても、ナポリやドゥブロヴニクのように噴火や地震のリスクが確実にある場所に生まれて生きてきた人々と「守護」聖人たちとの密接な関係を見ていると、地震国日本のことも考えてしまう。

予知できず、避難もできないような天変地異の可能性と共存せざるを得ない時、危機管理の一つが「神頼み」システムの構築なのかもしれない。聖遺物付きの守護聖人をいくらでも繰り出せるカトリックがそのような場所でいつまでも生き延びているのもその辺がポイントなのかもしれない。

ナポリの守護聖人チームのトップは地元の司教聖ジェンナーロ (San Gennaro)なのだが、 この人の聖遺物である凝固した血が毎年、選ばれた参列者たちの前で液化する「奇跡」が今でも繰り返されている。こういうものをめぐる真剣さを見ていると、昔は単にフォークロリックですごいなと思っていたが、今は、人間にとってどうにもならない脅威、老いや病や死だけでなく、災害への恐怖をコントロールするにあたって、悟りみたいなものだけではなく呪術的なものの必要性をつくづく考えてしまう。

21世紀になっても、聖人の血が毎年液化するのが説明できない、不思議だ、でも、それがなにか? 災害や災厄除けになるんですか?  とはならないで、運命共同体の連帯の支えの一つの役割を果たしているわけだ。

逆に、地震や火山爆発のリスクの高い地域なのに、そういうシステムがまったく消えてしまって、「想定外」で考えないことにして生きている人がマジョリティになっているような社会もある。そんな社会が抱えているかもしれない深刻な危うさを思う時、アドリア海の太陽が、まぶしい。
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by mariastella | 2014-09-01 06:04 | 宗教
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