L'art de croire             竹下節子ブログ

イズー君の話

8月の半ば、イズーの一歳の誕生日を祝った。

ネットでよく言われる「中二病」と言うのが私にはよく分からなかったが、このイズー君を見ていて、分かった。

ほんとにおバカだし、一時は、寝ていない時はいつも走っていて、歩いているのを見たことがなかった。

猫はいわゆる「斜め跳び」というのをする。威嚇と恐怖のまじったような時で、背を丸め、尻尾もカーブさせて足をそろえて怖い顔で斜め後ろに跳ぶのだ。でもイズーは、その斜め跳びのスタイルのままで全力で前に走っていくことがある。信じられない。

猫ブログや猫マンガで、ネコに向かって指をピストル型に構えて「パン!」というところりと腹を見せて倒れる芸をやる猫を見かける。あれが憧れでやってみたかった。

イズーは幸い、最初からおなかを見せるのが好きでおなかも肉球も触り放題というタイプだったので、教えることにした。
食事の前に、まず「お座り」と言って座らせた後、押さえて伏せにして、「ころり!」と声をかけて一回転させることにしたのだ。

そのうち、フランス人にも分かるように、「お座り、クッシェ!(伏せ)」というのを足すことにした。
すぐに覚えたが、お座りをとばして、餌を見るとすぐに伏せをして一回転するようになった。

隣でスピノザお兄ちゃん(おじいちゃんと言っていい年だが、私は自分のことをママと言うのでイズーには「ほら、お兄ちゃんが…」などと言うことになる)は、お座りして私の指示を待っている。サリーちゃんが生きていたころに並ばせて振付けしたものだ。メロディに合わせて二匹が順番にお手をすることになっていた。

イズーも大きくなってくるとさすがに、「ころり」をするのはどうも自分だけで、お兄ちゃんには要求されていないということが分かってきた。

それで一時は、絶対にころりをせずに、ハンストと言うか、餌から背を向けて去って行ったこともある。太り気味だからこちらも気にしない。

よくよくおなかがすいたり、特別おいしいメニューの時は、言われなくても自主的にころりをする。

はじめは壁際で回転して壁につっかえて回転しきれないで失敗することもあったが、それはカウントに入れてもらえないので今はちゃんと位置を定める。

イズーが他に分かるのは「じゃらん」ということばで、お気に入りの猫じゃらしの呼び名だ。

「じゃらんをもってきて」と言うと必ずどこかから持ってくる。

はじめはお気に入りのおもちゃでいつもそばに置いておきたいのかと思ったが、はっきりと「これで遊んで」と要求しているらしく、私が起きると寝室の前でじゃらんと一緒に待っているし、私が書斎に上がるとじゃらんと一緒に上がってくる。

端を咥えるので、もう一方の端が階段に当たってカタンカタンという音がする。

階下で本を読んでいたりすると、カタンカタンという音が聞こえてくる。

それでも気が付かないふりをしながらそっと見ていると、私の足もとにじゃらんを置いて、それからその前で座り込む。

これってまったく犬みたいだ。

犬が猫みたいなふるまいをしたら(人を噛むとか引っ掻くとか)安楽死ものの大事件だが、犬みたいにふるまう猫ってすごくかわいい。得な動物だ。

イズーは何しろ12年半ぶりにうちに来た仔猫だったから、「猫かわいがり」した。

マヤ、スピヌー、サリーと性格や行動パターンが決まっていたから、新入りのイズーが当然だけれど生まれながらに全然別のタイプであることは新鮮だった。

イズーのおかげでスピヌーもすっかり若返って毛の艶もよくなった。でもスピヌーほどいい性格の猫は見たことがない。そのスピヌーがもう13歳を超えて、5年後にはもう生きていない確率が高いのが信じられない。

誰かが、愛するということは「愛することを意欲することだ」と言っていた。

それを言うなら、猫はただ無条件にかわいいから、愛することに努力や意欲を必要としない脊髄反射的「猫かわいがり」なので、「愛する」のとは違うのかもしれない。

人間の子どもなら確かにかなり努力して「愛することを意欲」しないと、ちょっとしたことで失望したり裏切られたと思ったりしかねない。

私は「子供より猫がかわいい」とか「子供がいなくても猫がいれば平気」とかいう人に共感できると思っていたこともある。老後に世話してもらうなどの見返りをつい期待してしまう子供よりも、自立を想定せずただ世話をして看取ってやる猫への愛の方が無償で純粋かもしれないと思うこともあった。

けれども、「努力の必要な愛」というのを養っていく、という点では、人の子供の方がはるかに難しい。難しいことに挑戦することは、「猫かわいがり」の癒しよりもきっとずっと意味があるのかもしれない。
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by mariastella | 2014-09-04 07:56 |
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