L'art de croire             竹下節子ブログ

マイク・リー『家庭の庭』Another year と 仏映画 『ナタリー』

ニュース以外にめったにTVを見ないのに、最近2本の映画を視聴した。

TVで映画を見るのが苦手な私が最後まで見てしまったので、それだけでもかなりのパワーのある映画だ。しかも、対照的なフランス映画とイギリス映画。ダヴィド・フェンキノス、ステファン・フェンキノス
出演:オドレイ・トトゥ、フランソワ・ダミアン

フランス映画はオドレイ・トトゥ主演の『ナタリー』(ダヴィド・フェンキノス、ステファン・フェンキノス)で、30代のキャリア・ウーマンのラブ・コメディ。

管理職のナタリーが、オフィスの部屋に入ってきた部下の男に突然激しくキスしてしまう。

これって男の上司だったら完全にセクハラでアウトだろうなー、いや女性上司だってこれはセクハラだろう、と思うけれど、そこはフランス映画なので、キスされたスウェーデン男はわくわくしてしまう。

この男が終始「冴えない男」として描かれていて、何であんなやつと、と皆に思われるのだけれど、そのクマさんのような彼がなかなかデリケート(原題は『デリケート』)で、少しずつ愛が育っていくという展開だ。

このヒロインが、ベージュと黒のツートンカラーの印象的な服を着ているのだけれど、それを着まわしているという普通っぽさが計算されて描かれていて、そういうディティールが丁寧なので、ちゃんと最後まで見られたのかもしれない。

オドレイ・トトゥは私の趣味ではないので心情的に寄り添えない。対して、彼女と釣り合わない「凡人」(これはウェブで見た日本語の字幕にあったのだけれど、フランス語では「醜く、無意味な男」と言われていた)の相手役のフランソワ・ダミアンの方は、ああいうあっさりとした飄々とした感じは好きなタイプなのでどこが釣り合わないのかよく分からない。セーター姿がダサいという設定なのだが、別によく似合ってると思うし。ヒロインの部下で外国人という設定が「弱者」なのかもしれないけれど、華奢なヒロインのそばの大男なので「弱者」には見えない。

でも二人がはじめて食事をして夜のパリを歩く時、男の方が

「リヒテンシュタインがアメリカと歩いている気分だ」

と言う。

ここのところは日本語の字幕とかではどうなっているのか知らないが、「スウェーデンがフランスと歩いてる」のにこういうたとえが出てくるところが面白い。体格は男の方が圧倒的にまさっているので、この比較はひたすら部下が「高嶺の花の上司」と歩いていることの比喩なのだろうけれど、この言い回しがかわいいなあ、と思った。

次に見たのがマーク・リーの『家庭の庭』で、いかにもイギリス的とはいえ、この二作を並べると、「格の違いというのはあるもんだ」、と納得する。マイク・リーはなんといっても『秘密と嘘』が強烈だった。

俳優がみなすごくて、繰り出される言葉と、それと重なったりずれたりする動作、表情、目つきなどの組み合わせが素晴らしく技巧的で、うならされる。『家庭の庭』でもそうやって、しかし一見平凡な家庭の四季を定点観測のように撮っていくのだが、絶対に飽きさせない。

これを見た後で、フランス語と日本語の批評や感想をいくつか検索してみたら、見方が国によっても人によってもばらばらなのが興味深かった。

一応の枠組みは、ある初老の夫婦(大学時代に知り合って結婚して一人息子がいる。夫は地質学者で妻は心理カウンセラー)のロンドンの家(夏にはこの裏庭でホームパーティをやる。車で行く場所に菜園を持っていて夫婦でいろいろなものを育てている)にやって来る夫の友人や妻の同僚や、夫の兄(妻を急に亡くして途方に暮れている)などが繰り広げる人間模様だ。

この夫婦の安定した二人三脚ぶりと、そこにやって来るいろいろな意味で破たんした人たちのコントラスト、希望と絶望、安定と不安定、愛と慰め、家族愛と友情などが描かれて、観客はその誰かに自分や自分の知り合いの姿を投影しながら、「それでも季節は移っていく」風な感慨を持つという構成になっている。

で、多くの日本人の目には、ロンドンに庭付き一戸建てを持っていて夫婦ともにインテリで困っている友人にはやさしいし、家庭菜園をかなり本格的にやって夫も料理するし、夫婦の仲はいいし、ホームパーティを開くし、と、この夫婦は「理想的なカップル」のように映るらしいのだ。

そして、その理想の家庭に迷惑をかける一番の困り者は、主演ともいえるレスリー・マンヴィル演じるメアリーで、結婚や恋や不倫に破綻して酒とタバコに溺れ、むやみに若作りして鬱とヒステリーと欲求不満をまき散らす。この人の演技が見ていてやりきれなくなるくらい素晴らしい。

メアリーは、いつも優しい同僚(妻のジェリー)の夫婦の寛大さに支えられながら、子供の時から知っている夫婦の息子に色目を使ったり、息子のガールフレンドに嫉妬までしたりする惨めさ醜さマックスの「イタい」中年女だ。

で、たいていの感想では、このメアリーのひどさに対して、心理カウンセラーのジェリーの対照的な落ち着きと寛容が比較されている。

人生破綻組が肥満者や喫煙者で、幸せ組が家庭菜園で育てたものを食べたり菜食主義者(息子のガールフレンド)だったりするのもカリカチュラルだ。

ところが、私の印象は最初から最後まで、こういう枠から完全にずれていた。

まず、主人公の「理想カップル」がイギリス風の労働者階級の行動パターンを引きずっているようにしか見えない。
地質学者の兄の暮らしやその息子との関係を見るだけで、彼らが親の代からのインテリやアッパーミドルでないことは明らかだ。
監督の世代や俳優の世代からしても、イメージ的には、大学で出会った2人は多分学生運動とかヒッピーとかに影響を受け、今の自然志向もその名残だ。

しかし、ヒッピーを貫くほどの根性はなく、ちゃんと学位を取って世間的に尊敬すべき職にも就いている。息子も弁護士にしている。
そこのところに一種の罪悪感もあって、自分たちは今はブルジョワだけど、スノッブではなく、土にまみれて畑仕事もできる、服装もシンプルで気取ることもなく、自分たちより一段下の不幸な人たちを暖かく受け入れている、という雰囲気がある。タバコは吸わないけれどワイングラスは離さない。

その一種の偽善というかいやらしさに嫌悪を感じたという感想も読んだけれど、誰も、ジェリー役のルース・シーン(名優だ)の怖さと醜さには触れていない。

夫のトムの方は、確かに、「上流」でも通りそうな雰囲気と体つきなのだけど、ジェリーの方は、ホラー映画みたいにキャラがたっている。性格破綻者のメアリーを熱演するレスリー・マンヴィルの方は実はむしろ古典的な美女だし、顔も体もきれいだ。だからこそその破綻ぶりがより強烈なわけだけれど、平和で愛に満ちた妻で母であるジェリーの方は、ヨードが足りない感じの強烈な顎の線、落ち窪んだ目に隈、ざんばら髪、パーティでの服やアクセサリーのチョイスまで、ただ怖い。

もちろんジェリー役とメアリー役を交換したらダイレクト過ぎてこの妙味は出ないだろう。

でも、本当は、一番存在感のあるのはジェリーをやるルース・シーンのキャラだ。ジェリーが実は残酷だ、というコメントもあったが、当たっていると思う。
ルース・シーンはどんな脇役をやっても怖い。『ファニー・ヒル禁断の扉』という映画でファニー・ヒルに話しかけるジョーンズ夫人の写真を見ても怖い。

こんなキャラでは、いつ豹変して恐ろしい面が出てくるのかと思うけれど、この映画でのジェリーは最後まで落ち着いて抑制している。

でも、はっきりいって、この「理想のカップル」は、そこに集まってくる「不幸な人々」にとっての理想のカップルで理想の家庭でしかない。

第一、このカップルは、自分たちより「上」だと思える人とは付き合わない。

息子のガール・フレンドはリハビリ療法士でちゃんと職を持っているが、母親がビューティサロンに勤めているというし、トムの兄の妻もパン屋さんか何かの店員で息子も落ちこぼれ風なので、「息子が弁護士、両親が学者とカウンセラー」というジェリーの家族が明らかに社会的に「上」なのだ。

そしてある意味「成り上がった」こういうカップルなら、逆に、自分たちと釣り合うか、より「上」のカップルと付き合おうとするケースも考えられる。その背伸びした付き合いの中でスノビズムやコンプレックスや虚栄を育てて悶々としたりするわけだ。

ところが、ジェリー夫婦はそういう「コンプレックス」をあらかじめ拒否する。

その方法が、敢えてワンランク下の人と付き合って、自分たちが彼らの「理想」を体現し、「癒しの港」のような居場所を提供するということだった。
そして、本来なら「成り上がった」自分たちに釣り合う人々との付き合いを避ける理由は、彼らのスノビズムを軽蔑しているからで、自分たちはエコロでロハスでソシアルなライフ・スタイルを「選択」しているのだ、と思いたい。

そのためには、何十年もこの家族にハラスメントを続けるメアリーのような「弱者」の存在が彼らには必要だ。

彼らと、彼らの困った「友」らの関係は、ずばり、共依存なのである。

そして、そういうスタイルを最初から最後まで構築しているのは妻のジェリーの方であり、夫のトムの方は多分あまり何も考えていない。
夫は妻の構築した共依存体制に気づいていない。

夫は天然の人で、もしジェリーが大学教授夫妻たちと付き合うとか、オペラハウスに通うとかのブルジョワ的ライフ・スタイルを選択して採用していたとしたら、多分彼はそれに従っていたと思う。そしてその中で妻がコンプレックスや嫉妬で苛立つ気持ちをちゃんと汲んでやれない。

幸い、カウンセラーでもあるジェリーは自分をよく知っていて、自分のセラピーとして、自分たちを「理想のカップル」として造形し、コンプレックスを持ってくれたり嫉妬してくれたり助けを求めたりしてくれる人々を(無意識にかもしれないが)周りに集めたというわけだ。

これはかなり当たっていると思う。

私はイギリス人との付き合いは少ないけれど、フランスにずっと住んでいて、監督やジェリー夫妻などと同年配だし、彼らと同年配のカップルをたくさん知っているからだ。

この映画ではジェリーの「幸せ」戦略が「いつまでも愛し合う夫婦プラス職があって身を固める息子」という形をとっているので、不幸なのはみんな離婚したとか独身だとか男やもめだとかの形をとる。
「やっぱり結婚して子供と持ち家があるのが幸せなのか」と勘違いしそうになるコメントが出そうなほどだ。

ところが、もちろん金や地位がある人たちでも、結婚していて社会的コンプレックスがなくても別の不幸の種はたくさんある。
子供が麻薬中毒になるなどはその典型だ。

概して自分の「家族」や「家庭」が「他人の目にどう映るか」を気にしている人々にとっては、学歴や収入の有無や多寡にかかわらず、何をどう取り繕っても、不幸や不満や嫉妬や羨望や屈辱感の種は永遠に尽きない。

そしてそこから抜けるには、そのような「他人の目に映るイメージ」にとらわれることをやめるか、ジェリーのように完璧に成功と平和のセルフ・プロデュースを続けるしかない。

けれども、そんな「他人と比較」というプレッシャーを最初からまったく持ち合わせていない天然の人も確実に存在する。
そんな人がこの映画を見たら、まったく理解できないと思う。

マイク・リーの映画の底には「女嫌い」が流れていると指摘していた人もいたが、それも無縁ではない。

だからこそ、この映画を見て何を感じるかは人によってかなり変わってくるのだ。

どんな特殊な状況のどんな特殊な悲惨や不幸を描いても普遍的な人間性を考えさせられる映画も存在する。

この映画はそこに到達できなかったということかもしれない。
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by mariastella | 2014-09-05 01:13 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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