L'art de croire             竹下節子ブログ

クルド、ジハディスト、理念と実際の乖離など。

書き留めておこうと言うことがいろいろあるのだけれど暇がないので、最近TVとラジオのニュースで見聞きした中の気になったことをいくつか忘れないうちに。

1.「イスラム国」に立ち向かうクルドの軍隊の前線に女性兵士が登場したというニュース。
この中の0:12くらいから見ることができる。
これによると、女性が前線に立つのはメリットがあると言う。

ジハードの軍隊は女性によって殺されたら天国には行けないので逃げるからだというのだ。

女性兵士がそう言っている。

ほんとうにそんなことがイスラムの教えの中にあるのか確認する暇はなかった。

でも突っ込みどころの多いコメントだ。

前戦にいるのが女性だと分かる前に敵が攻撃してくる可能性はあるし、第一、イスラム国の戦闘員がイスラム原理主義の人たちばかりだとは限らない。

よく知られていることだが、ヨーロッパの各国からもネットを通してイスラム国のプロパガンダに惹かれて「イスラム国」に合流する若者がかなりの数いて、その大部分は、「イスラムの教え」とか「天国」がどうとかではなくて、「戦い」「暴力」「武器」に惹かれ、ヨーロッパや社会でうまく生きられない恨みを晴らしたいなどのモチヴェーションでテロリズムに走るのだから、「女性に殺されて天国に行けないかもしれないリスク」なんて無視だろう。女性や子供を殺すことは平気でも。

でも、女性兵士が微笑んでそう語るとしたら、彼女らにそれを吹き込む男たちがクルド側にいると言うことで、彼女らもやはり洗脳されているのではないだろうか。違和感ありまくりのエピソードだ。

2.フランスには旧植民地系のムスリム移民やその子孫がたくさんいて、もともとは共和国の教育社会主義で「統合」政策をとっていた。

しかし二世三世(多くは親の国の国籍も持っている二重国籍者だ)の世代で失業率が髙かったり教育システムから落ちこぼれてしまったりした若者たちが少なくない。その中には、モスクや刑務所でムスリム過激派というアイデンティティを植え付けられて「聖戦」を鼓舞され、シリアやイラクに行って戦闘訓練を受けて現地で戦ったり、テロを展開するよう使命を帯びてフランスに戻ってきたりする者がいる。
ムスリム家庭でない「普通のフランス人」の子弟でもジハディストのサイトを見て鼓舞されてシリアに向かう高校生でさえ存在する。

たいていはまずトルコに出てそれからシリアなどに向かうので、家族や親族も彼らをトルコで見つけて帰国させるように必死だ。

で、フランスは、「聖戦」に向かった後でフランスに再入国する二重国籍者のフランス国籍を剥奪して入国拒否することにした。

しかし、二重国籍を持たずフランス国籍(基本的にフランスで生まれれば誰でも国籍が取得可能)しか持っていない者の入国を拒否することはできない。

そのようにして、「イスラム国」から戻ってきて再入国した「フランス人ジハディスト」が、昨日のニュースでは今120人いて、彼らのうち55人はテロ謀議などで収監されているが、残りは自由の身なので、警察が盗聴をはじめとして24時間監視している。その監視には1人につき30人の警察官が必要なのだそうだ。

日本などでは、アメリカの覇権主義が目立つおかげで、「旧植民地の警察」を自称するかのようなフランスのタカ派ぶりはあまり報道されないが、イスラム国からはちゃんと「敵」の筆頭グル―プに分類されていて、いや実は「敵のナンバーワン」とされているのでリスクは大きく、深刻だ。

3. その「イスラム国」制圧にはもうリアル・ポリティクスしかないということで、欧米がイランはもちろん、シリアまで協力態勢を築くなりふりかまわぬ状況にも驚く。

さすがに、「『欧米が介入しなかったから』この3年で20万人も自国人を殺しまくったシリア政権」と組むのはいかがなものかという人はいるのだが、

すると、

ヒトラーを倒すためには、何百万人も自国人を粛清してきたスターリンとも組んだではないか、

と返される。

もちろんもうすでに、アメリカはエジプトやサウジアラビアともしっかり同盟しているのだから、政治なんて理念よりもパワーゲームでしかないのだろうか。

それでも、目に見える「理念」を掲げておかないとすべてが崩壊するということもあり、新10ユーロ札にヨーロッパの語源であるギリシャ神話の王女エウローぺーの顔が登場した。

ユーロ札のデザインは、これまで、すべての文化的宗教的過去から離れた中立的なものにするという方針で建造物ばかりで、地図も、ユーロを使わない国やEU非加盟国もいれた「開かれたもの」になっていた。で、

「それがよくなかった、最初からプラトンの顔を印刷していたらギリシャのユーロ危機はなかったにちがいない」などという人がいる。

どんなにリアルと乖離していても、「理念」は見えて聞こえる方がいいと言うのは一理ある。

理念と実際の乖離がひどくなった時に、理念の方を放棄するかリアルを強引に理念に合わせるかという二択になるのではない。

理念の方がリアルに歩み寄るということはなく、放棄される、削除されるしかないのだから、共存があるとしたらリアルの方が努力、工夫しなくてはいけないだろう。

その工夫が憲法九条の「解釈改憲」という国もあるわけだが、フランスも、同じくらいまずい乖離が、憲法とリアルの間で起こっている。

それは憲法の「人権」の定義となり、憲法に組み入れられている「1789年の人権宣言」だ。問題はその第一条だが、ネットで拾った日本語訳で前文の一部と第一条をコピーする。

まず前文のはじめ、なかなかいい。

西洋の歴史の中で、最初は「人」といっても「税金を払う成年男性」だったり、「キリスト教の白人」だったりしたわけだけれど、それが拡大して「すべての人間」と見なされているのはともかくめでたいことだ。

 「フランス人民の代表者たちは、国民会議を構成し、人権の無知、忘却(無視)あるいは軽視が、公衆の不幸及び政府の堕落の唯一の原因であると考え、 厳粛な宣言の中で、人の不可譲かつ神聖不可侵の、自然権を、断固として述べた(→呈示することを決意した)。
 この宣言が、社会的集団の全構成員(の心)に絶えずあり続け、その権利及びその義務を絶え間なく想起させ続けるために。」

「人権の無知、忘却(無視)あるいは軽視が、公衆の不幸及び政府の堕落の唯一の原因」と言い切るところは素敵だ。

で、問題は、その後の第一条だ。

「人は、法律上(→権利において)、自由かつ平等に生まれている(→生まれながらにして、自由かつ平等である)。
社会的差別は、公共の利益に基づくのでなければ、存在することはできない。」

こういう訳もあった。

「人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。」

この「社会的差別は、共同の利益、または公的利益に基づくものでなくてはならない」というのは、要するに「自由競争」の制限で、私利私欲個人の幸福の追求のために利益を生む活動をしてはならないということだ。

「公共の利益」というのは英語ならコモン・ウェルスだし、何をもって共通とか公共とかいうのかが問題であるが、フランスはこの一句によって、個人の抜け駆けの「成功」だとか「蓄財」とか「成り上がり」を封じている。

それは「建前」で、新自由主義経済、グローバル経済の社会ではそんなことはいっていられない、実情と乖離しまくっている、というのは事実だ。

それは、日本の憲法の第九条が、朝鮮戦争の警察予備隊や自衛隊創設の昔からすでに建前化し始め、「軍隊ではない」など詭弁風言辞が弄され、さらに、防衛庁から防衛省、武器も輸出するとか、ついに「解釈改憲」に向かっているのと似ている。

フランスの方は、そこまではいかず事実上の有名無実化なのだけれど、それでも、「共通善」や「自然権」の「絶対理念化」はDNAに組み込まれているらしい。

右派から左派までのフランスの評論家が集まって規制緩和やらについて討論しても、「生き残りのために自由主義経済は大事、でも、行き過ぎの自由主義経済はダメ」と全員が口々に言って「アメリカ化するのはもちろんダメ」という点では合意するのを見ていると、私なんかは「なんか、こいつら、かわいいなあ」と思ってしまう。

逆に、この乖離がフランスとフランス人の不幸のもとで、このねじれが神経症を形作っている、だから、この「社会的差別は、公共の利益に基づくのでなければ、存在することはできない。」というフレーズをいっそ削除しよう、という人も存在する。

そうすればフランス人は妙なコンプレックスから解放されて「格差社会」を受け入れられる、そこで初めて成長政策も可能になるのだ、というのだ。

それを聞くと、かえって、ああ、この人たちにとってはその「理念」がやはりインパクトを持っているのだなあ、と感慨深い。

この件についてもっと書きたいことはあるのだけれどまた次の機会に。
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by mariastella | 2014-09-25 00:14 | フランス
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