L'art de croire             竹下節子ブログ

ロシュディ・ゼムの『ボディビルダー』

最近ほとんど偶然のきっかけで観た映画がロシュディ・ゼムRoschdy Zemの新作『Bodybuilder』だ。

借金を返せないで不良仲間に追いかけられている若い男アントワーヌのせいで、家庭を築いている兄やクリーニング店を営んでいる母親のところにも嫌がらせがあったり暴力がふるわれたりする。兄と母はアントワーヌを、もう何年も会っていない父親のところでしばらく身を隠すように言う。

アントワーヌが3歳の時に別かれたこの父親は、ボディビルのジムを経営していて自分も何度も50-60歳のカテゴリーで賞を取り、今も2か月後のコンクールに向けて体つくりに励んでいる。

怠け者、嘘つき、泥棒の息子(Vincent Rottiersヴァンサン・ロティエ。演技がうまい)と、意志の強い禁欲的すぎる父。その対比をうまく描いていて、ボディビルという珍しい世界を紹介し、父子モノのメロドラマにも仕上がっている、まあまあよくできた映画なのだが、驚いたのは父役のYolin François Gauvin の体だ。

俳優が役によって20キロ体重を落とすとか10キロ増やすとか、過酷に外見を変えるという話はよくあるが、こういう特殊な体をつくるのは無理だから、実際の世界チャンピォンが父役を演じているのだが、うまい。うますぎる。

考えればシュワルツネガーがミスター・ユニヴァースから俳優になり政治家になったように、あれほどの意志を必要とする世界で勝ち抜いた人間は、他の分野で秀でることがあっても不思議ではないのかもしれない。

しかし私が一番驚いたのは、映画を観た後で、しばらく、その父親役の姿が目に焼き付いてしまったことだ。

いわゆるスポーツではなく外見だけが問題となるこのようなタイプの執着というものにはもともと興味があった。

依存症の一種だと思っていたが、何かもっと実存的な、精神と肉体のせめぎあいを感じる。

だから、『果てなき渇望―ボディビルに憑かれた人々』というノンフィクションにも惹かれた。

でも、ヴィジュアル的には、「気持ち悪い」と思っていたし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」というか、機能的な意味のない筋肉の発達など美しくないと思っていた。

例えば水泳選手などが肩や腕の筋肉がもりもりなのを見れば、なるほどとは思うが、それですら、そんなに特定の筋肉が特化して発達しても体に負担がかかるのではないか、要するに「不自然」なのは美しくないのではないかと思っていたのだ。

だからこの映画でも、もし画面いっぱいに筋肉ばかり見せつけられるのなら嫌だなあ、と懸念していた。

実際、すごいインパクトでたじたじとなるし、ただ筋肉を見せるコンテストなど、即物的で怖いのと非現実的でほとんどコミックなのとの両面がある。映画の中のアントワーヌもそうだけれど、あそこまですごい筋肉を前にしたら、普通の人はだれも別に劣等感をもったり憧れたりはしない。なんだか「人間のカリカチュア」を見ているようだからだ。見世物と紙一重のところにある。

それなのに、この映画を観た後に、とにかくヴィジュアルが目に焼き付いたのはなぜだろうと考えた。

何となくわかる。

それは人の意志が自分の体をまさに造り上げることがダイレクトに出ているのを見るのが初めてだったからだ。

私もダンスをするから多少筋トレをする。「当社比」にすぎないけれど、鍛えれば鍛えるほど、楽になる動きがあるし、持久力もつく。
あるいは、楽器を弾く時に、生徒にも、例えば左手の小指と薬指が独立して自由に動けるように練習の課題を与える。ピアノでは指を均等に使うが、ギターは左手の小指は駆使するけれど右手の小指は使わないので私の小指の筋力は左右にはっきりと差がある。

けれども、それは目に見えない。どんなに強くなっても、小指は親指のようにはならないし、左右とも見た目は全く同じだ。ただ、演奏するとはっきり違いが分かる。

多くの努力とはそういうもので、たゆまぬ努力を続けても、成果は直接に見えないし、成果が上がることも上がらないこともある。体力も技術も完璧の一流のアスリートでも、試合の時にミスをしたり負けたりすることがある。

それに比べて、ボディビルディングというのは、早い話、やればやるほどその「成果」がまさに目に見える形で自分の体にひとつひとつ刻印されていく。筋肉は正しく育てれば必ず増強する。裏切らない。だから、裏切られない。

過酷な修行を続けた武芸の名人が一見飄々とした「普通」の人だったり、悟りの境地に達した聖人がにこにこ穏やかで庶民的な人だったり、という外見のギャップはよくある話で、だから逆に「偽物」も見分けにくい。

でも、ボディビルディダーの「努力の量」と「見た目」は完全に相関しているので、ごまかしも聞かず、だまされもしない。

「努力」や「意志」が完全に「見た目」に反映されることのあからさまな分かりやすさ、に圧倒される。

見えないところで超人的努力をしていながら、それを表に出さずに軽々とふるまったり、謙虚にふるまう人というのはいると思う。それは立派で高潔な態度だと普通思われている。

でも、見えないところ日夜の努力の一つ一つが、リアルタイムでそのまま体に積み上げられて行って、「服を脱げばそれが全部、誰の目にも見える」というすごさ、ある意味「あられもなさ」がボディビルダーの体にはある。

依存だろうが憑かれたのだろうが、逃避だろうが、ふつうは絶対に可視化しない「鉄の意志」が可視化されているのを初めて見たから、それが目に焼き付いたのだ。迫ってきたのは「体」ではなく「意志」なのだった。

これに匹敵する意志の力での外見の変化というのは、まったく対極の例だが、拒食症患者の体かもしれない。あれも、「普通の人」が見たら、スレンダーでうらやましいというものではもちろんなくて、痛ましいのを通り越して怖い。拒食症患者はそれでももっと体を絞りたくて、死に至ることもある。
ボディビルダーもトレーニングの過剰によるアクシデントがある。ボディビルダーの方はジムもあればコーチもいるし、さまざまな筋肉増強剤というマーケットもあるから、それなりのバランスが保たれているが、拒食症は放置すると死に至る緩慢な自殺であり、医学的介入や精神的なケアが必要だ。

でもボディビルダーには「強者」のイメージがあるから、みんな後ずさりしてしまう。

年を取れば人格が顔に出る、などという話はよくある。
ボディビルダーには「顔」はほとんど関係がない。

脳が命じて体をつくる。

人の意志とがこれほどあけすけに見えてしまう現象を目にするとたじたじとなる。

もう一つは、努力による他のどんなパフォーマンスも恒常的ではなくて、例えば眠っている時には一時停止になる。思考能力でも芸術的才能でも、運動能力でもそうだ。寝ていれば発揮できない。

でも、体の形、凹凸、筋肉の量は寝ている時も変わらない。

ボディビルディングを一つのカテゴリーにすることを思いついたのはいったい誰なんだろう・・・

フランス・バロック美学に耽溺している者にとってはほぼトラウマなのに、センス・オブ・ワンダーを刺激される。
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by mariastella | 2014-10-16 01:26 | 映画
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