L'art de croire             竹下節子ブログ

国宝展とウフィツィ美術館展

今年は春に久しぶりに上野の国博に行ったので、秋にも行くことにした。

先の滞在のコンサートの合間には仲間を連れて山種美術館の「輝ける金と銀 ―琳派から加山又造まで―」の展示に行き、行く途中でパパスのダビデ像を見せて驚かせてやった。太田記念美術館で歌川国定展もいっしょに観た。

1人で日本に戻ってから、上野では、評判の高い「日本国宝展」と東京都美術館のウフィツィ美術館展の二つを続けて観た。
国宝展には「祈り、信じる力」という副題があるように、国宝に指定されるような伝統文化美術品は時代の深い所に流れる信仰心と分けては考えられないのだろう。
美術は信仰のひとつの形なのだ。
国宝展の多くのものはその「信仰」が仏教美術の形をとっている。

一方、フィレンツェのウフィツィ美術館の方はもちろんキリスト教、特にローマ・カトリック教会の宗教が色濃いので、両者の差は宗教文化の差としても分かりやすい。

でも、国宝展の方は、私にとって、ベースにある信仰心や文化よりも、モノとして、作品としてのインパクトの方が強かった。
もちろん教科書でしか見たことのない「玉虫厨子」のようなものを身近に見る好奇心の満足もある。
写真で見ても感動したことのない土偶なども、現存2万点のうち選りすぐられた5点が眼前で発するオーラは半端なものではない。それなのに、では記念に写真やグッズを…と思っても、そういう複製の姿になった土偶たちは、再びただの記号に戻ってしまっていて、本物との対面体験がよみがえってこない。写真を通した接触体験の過去の方が深く刻まれ過ぎているからかもしれない。教科書的記号を抜きにしてこれらの土偶の「本物」と今回はじめて出会った人なら、その後で複製を手にしても複製を「依代」にして本物体験を想起できるのかもしれない。

仏像類に関しては、教科書的知識もあるにしろ、もともと子供のころから京都や奈良の神社仏閣めぐりや仏教美術品鑑賞が好きであちこちで「本物」をその「環境」と共に見ることに慣れている。学校で習ったり本で読んだりしたものを訪ねてまわるというのも比較的簡単だった。だからその多くを私は「空気」と共に記憶している。

ところがこの「国宝展」では、それらが本来の場所からもぎ離されて、白日の下に、いや、明るい照明のもとでディティールを間近で見ることができるのだから、「鑑賞」というより「観察」の目になってしまう。
宇治の平等院は何度か訪れていても、長押にかけられている菩薩などを自分の目線で観たことなどもちろんないし、唐招提寺も何度も行ったけれど、脇侍菩薩がこうやって間近に鎮座しているのを見ると、「空気」と隔絶されているせいで、工芸としての凄さに圧倒される。

いつもなら暗い所にいて埃をかぶっているイメージの四天王が一人だけ全身をさらしていることなども新鮮で、「無時制」的な力が生で伝わる。

祈りに置き換えても、「場」のかもしだす祈りではなく、仏像を彫った人々の祈りが伝わるという感じだ。

薬師寺の僧形八幡神座像のうちのひとつも「素晴らしい」の一語に尽きる。
阿弥陀仏来迎の絵の中をびっしりと埋める「奏楽の菩薩」たちにも感銘を受けた。聖母を囲む「奏楽の天使」たちの構図と何か間接的な影響関係があるのだろうか。

フランスのパリの博物館で「国宝展」開催などというものは考えられない。

フランスでは昔からパリが首都で宗教や文化の中心地だったからで、例えばノートルダム大聖堂の「宝物室」の中のものをパリの中でわざわざ外に出して見せる必要はない。もちろん聖堂建築物そのものが中世から続く信仰心やら祈りの波動を刻んでいる。一方、日本の場合は、そういう場所が昔の都である奈良や京都に集中しているわけで、伝統的に脈打つ祈りが美術品としてそのまま残った、とようなものは江戸や東京にはない。だから、祈りの形としての「国宝」は、古都から抽出、運び出して、建物や空気から切り離して展示するしかないのだ。
しかし、わざわざ朝に行ったのに「2時間待ち」には驚いた。パリでは時間枠指定のある前売り券をいつも買っているのでこんなに並ぶなんてはじめてかもしれない。でも子供たちもお年よりもみんな我慢強く並んでいる。
ウフィツィ美術館展でもこんなに並ぶのならあきらめようと思って行ったら、余裕で入れた。
フィレンツェにはなかなか行けないけれど京都や奈良には簡単に行けるのだからウフィツィの方が混んでいるのでは、という私の見立ては日本人的ではなかったらしい。

私にとってはフィレンツェの方がはるかに行きやすいのに、ここ2年ほど行こうと思って計画してはキャンセルしたのでフラストレーションがたまっていた。
で、東京でこの展覧会を見たら少しはガス抜きができるかなあと思ったのだ。

結果は…余計にフィレンツェに行きたくなった。

ここの展示物は完全にフィレンツェという町やルネサンスの空気やメディチ家のエネルギーやキリスト教信仰などと結びついているので、こんな風に切り離されて飾られているのを見ると、もとの「空気」に触れたくてうずうずしてくる。

で、国宝展で格調高い仏像の姿をたっぷり拝観した後で、ここのキリスト教絵画、とくに「聖母子像」の羅列を見ると、厭離穢土で成仏を目指す宗教と、神が人間の女の体を通して受肉したという人間臭い宗教の表現の差にあらためて驚く。

しかも、聖母マリアは14歳で受胎告知されたのだから、聖母子像と言っても、母親であるマリアは10代半ばの少女である。赤ん坊も、普通の赤ん坊の姿だ。ルネサンスのイタリアの女性はやはり若くしてとついで母になるケースが多かっただろうから、モデルもたくさんいたに違いない。「祈り」とか「信仰」とか言っても、目に映るのは少女のような幼い母と赤ん坊の姿だ。

16世紀の日本で最初に宣教師が大名に聖母子像を見せた時に皆がおおいに感動したという意味が何となく分かる。
もともと日本は今に至るまで子供のような少女アイドルが成立するのを見てもそうだが、「幼型成熟」というか「女子供文化」の系譜も根強いので、その視線で見ると、力強い四天王や高貴だが中世的な仏像ではなくて、突然、かわいらしい聖母子像が現れるとそちらの方に夢中になることは十分想像できる。

しかも15世紀の聖母子像はいい保存状態で、明るく、かわいらしく、ほんとは仏像よりこっちの方が日本人の好みのツボにはまるのではないかと思ってしまった。もっとも展示された絵だけではなくそれこそ「フィレンツェ」という付加価値を強調しながら紹介されている上に、神話のテーマの絵もあるからエキゾティシズムがバイアスをかけるかもしれないけれど。

もう一つ面白かったのは、聖母子にプラスしてイエスのはとこに当たる洗礼者ヨハネ(の幼年の姿。彼はイエスより半年ほど年上)がともにいる「マリアと幼児2人」の画像がかなりあったことだ。
今までこういう構図は、ただ、ヨハネが幼いイエスの神性をすでにキャッチして拝んでいるという感じで見ていた。でも、この展覧会で見た彼らの姿があまり人間くさかったので、ついヨハネの母であるエリザベトはどうしたのだろう、と気になった。マリアとは逆でエリザベトは老女とされていて、子供は産めないはずなのに神の恩寵で子供を授かったことになっている。
マリアの夫でイエスの養父のヨセフも年寄りだったということにされているからイエスは若くして父を亡くしたと思われる。ヨハネの老母であるエリザベトも早く亡くなったのかもしれない。

そのせいか、あるいはたんにマリアの方が若くて元気だからヨハネは年の近い再々従弟(はとこ)イエスとよく過ごすことになったのだろうか。どちらの場合でも、イエスはマリアの子供だけれど、ヨハネは年老いた自分の母親よりもずっと若いマリアがまぶしくて、こんなお母さんに守られるイエスを羨ましく思ったかもしれないなあ、ヨハネが聖母子の近くにいるのはイエスを拝むためではなくてマリアに憧れなついたからかもしれないなと、そう思わせるような聖母子とヨハネのスリーショットなのだ。

この子供たち二人共が、後に荒野に出て説教者になったり、30代前半で首を切られたり十字架に釘打たれて殺されたりするとは考えるだけでおそろしいけれど、聖母子プラス幼いヨハネくんの穏やかな姿からはそれを予感させるものがない。

もうすぐクリスマスがやってくる。ひとまずは、子供が無事に生まれてほっとしただろう若い母親の歓びに心を寄せることにしよう。
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by mariastella | 2014-12-08 06:22 | アート
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