L'art de croire             竹下節子ブログ

泣ける映画

二度目に日本から戻った時に帰りの機内で見た映画について。

コンサートの時以来ずっと目を酷使していたせいか、機内の低湿度が特にこたえて、時々目薬をさしてはいたけれど、とにかく「涙を流す」ことを目的に映画をチョイスした。その結果、普段なら見ないような映画を4本も見てしまった。しっかり涙を流せたけれど、それよりも目をつぶって寝ていた方がはるかに目を休ませることになったのでは…。

デヴィッド・フランケルの『ワン チャンス』。

オーディション番組で最初の一声から審査員と観客の心をつかんでスターになる人たちがいる。
外見はアイドル風でなく、普通の店員だったり、最近話題をさらったイタリアの番組ではカトリックの修道女(このシスター・クリスティナについては、ドミニクの歌で一世を風靡したで後修道院を離れて自殺した修道女のことをずっと追っている私の興味を大いにそそってくれる存在なのでいつか詳しく書くことになるだろう)だったりする。

その様子がYoutubeで世界中に拡散されるので、スーザン・ボイルの活躍を多くの人がリアル・タイムで見たことも記憶に新しい。

この映画はオペラ歌手になったポール・ポッツの自伝をもとにしたものなのだけれど、キャスティングが絶妙だ。ポールの妻も両親も、ヴェニスでのエピソードも、親友とそのガールフレンドも、みないわゆるキャラが立っている上に、ストーリーの展開がドラマティックで、フィクションのシナリオならかえって、嘘っぽい、やり過ぎだ、と思えるくらいよくできている。「事実は小説より奇なり」というやつである。

次にR.J.カトラーの『イフ・アイ・ステイ』。

これにもたっぷり泣けた。高校生の恋物語なんて感情移入できないだろうと思っていたけれど、チェリストの少女とロックのギタリストの青年の恋というカルチャー・ショックみたいなものに気を惹かれた。

若者を意識した、初恋や仲違いや事故による生と死のはざまなどというある意味単純な仕立てなのだけど、『ワン チャンス』と別の過程をたどるとはいえ、音楽の道を進みたい、それには認められる必要がある、などという共通したテーマがある。
また、父も母もロックやパンク系の家庭に突然バッハにのめりこむソロのチェリストの娘が生まれて家庭内異文化に苦しむところや、むしろその両親に近いロック・ギタリストのボーイ・フレンドとも彼の生活や交友についていけないなどの齟齬があるところなど、実は、違う形ではあるけれどいろいろな部分で私の周囲でも「思い当たる」普遍的な問題だ。

「愛する者のための自己犠牲」は結局「犠牲」ではなく「愛」なのだという結論は、「お涙ちょうだい」以上の意味を担っている。
けれども、愛や犠牲についてある種の波長を共有する心の琴線がない限り、「よくある映画」の一つとして涙と共に消費されてしまうのだろう。

泣くのにも飽きたので少し笑おうかと思って見た韓国映画の『怪しい彼女』というコメディにも、実はメロドラマの王道ともいえる伏線がたくさんあって、しっかり泣けてしまった。

こちらは70歳のおばさんが突然20歳に若返るという設定なので、高校生の恋よりは世代的に共感できるシーンもあるかもと思っていたのだけれど、これも「音楽」によるサクセス・ストーリーという点で前2作と共通点がある。

ヒロインが歌いだすと、最初の一声で人々の心をとりこにしてしまうシーンなどだ。

またこの映画も、子供を育てて一人前にするために母親がひたすら自己犠牲をはらうというテーマが根底にあるので、「親子愛」の部分でも三作は共通点がある。結局、人を確実に感動させて泣かせるためには家族にまつわる「愛と犠牲」をセットにするのが一番の近道なのだろうか。

三作とも「愛と犠牲と音楽」の三点セットになっているのでより心がつかまれやすい。

こんなので簡単に涙を流してていいのか、とちらと思う。

四作目は実は『アナと雪の女王』で、フェミニストのお気に入りの映画ということで気にかかっていたのだけれどわざわざ見に行くつもりはなかった。

王女さまにプロポーズしてOKされる王子さまが実は悪いやつという結末が確かにディズニー映画として革命的だけれど、この王子が計算高くなったのは自分の国の王位継承権の下位にあるからという「家庭の事情」なのだ。言い換えると、王子と王女の美しい恋物語が成立するには王子が一人っ子の王位継承者で、王女も一人娘、のような設定が必要なのかなあ、と複雑な気分になる。

アナがすごくかわいいのだけれど、「王位を継ぐ孤独な姉と比較的自由な妹」という取り合わせも、世間にたくさんある姉妹や兄弟の間の確執をいろいろ反映しているので、ファンタジーランドで夢見る構造にはなっていない。

まあ、これも、真実の愛とは、「愛する者のために捧げる自己犠牲」という点では他の三作と共通している。

それにしても、愛と自己犠牲のテーマが「善」や「正義」としてこんなにも万人向けのテーマになってヒットしているというのに、世界では弱肉強食やら拝金主義の蔓延が止まらないのはどうしたわけだろう。
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by mariastella | 2014-12-09 00:54 | 映画
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