パリのテロ事件について その7
この件について休止しようと思っていたのに、掲示板でも微妙に警戒心をそそられることを言われたし、あちこちから日本での論調についての意見を聞かれたりもしているのでもう少しあれこれ書いてみる。
他の国がらみのニュースで興味をひかれたのは、ロシアの風刺新聞『Novyi Krokodil』誌(そんなのロシアにもあったんだ)が、シャルリー・エブドに連帯して1920-50年代のソ連のアンチ宗教(ロシア正教)プロパガンダを再掲載する特集を予告したそうだ。 これは1932年のもの。 これらのカリカチュアと共に大規模な迫害があって、多くの聖職者や信者が犠牲になったそうだ。 これってどういうことだろう。 宗教を迫害する体制側がカリカチュアを使ってアンチ宗教の空気をつくっていたということだと理解できるが、何となく真意が分からない。カリカチュアが独裁体制の側に利用されることもあると言いたいのだろうか… 中学3年のピアノの生徒が、パリから乗ったメトロで高校生くらいの若者が3人、テロリストの話をしていて「よくやった」「自分もできたら手伝いたかった」などと言っているのを聞いて怖かったと言っていた。 単なる挑発なのか、過激化する予備軍なのか分からない。 これは公立の話だが、中学や高校で黙祷の時にそれを拒否した生徒もチェックされたという。これは国歌を歌わないとかいう話ではないから、「黙祷しない」というのは黙祷の時にイスラム過激派のスローガンだのを敢えて叫んだりしたということらしい。教師がそれを書きとめて教育委員会に提出して、それがただの「反抗」なのか、過激派グループと関係があるのか、あるいは指導が必要なのかを検討して当局に知らせるたというニュースもあった。 私の生徒はカトリックの中高一貫校に通っているのだが、クラスにはユダヤ人もムスリムもアジア人もいる。市民教育の時間に、「メジャーなジハードとは完成に向かう内的な戦いのことで、マイナーなジハードがイスラムの教えを布教するということなのだ」などと教えられたという。 その生徒の8歳の弟もカトリック系の小学校に行っていて、そこにもいろいろな家庭の子供がいるのだけれど、ムスリムであるアラブ系の子供に向かって別の子供が 「あんたたちみたいな人のせいで人が殺されたんだ」 と言ったそうで、それを先生が耳にしたかどうかは知らないが、弟くんが母親にそれを告げて、「ひどいことを言うんだよ」とショックを受けていたという。 8歳の子供が差別的言辞を吐くというのは今回の事件の報道を見ていた周りの大人がそう言ったのだろうから重大だ。 フランスが今のような混乱に至った理由はいろいろあるが、一番の問題は2007年のサルコジ政権以来推し進められて、2012年からの社会党政権にまできっちり引き継がれて拡大してきたコミュノタリスム(コミュ二タリアニズム)だ。 2007年までは何とか続いていたゴーリズムや共和国主義の原則が、どんどん崩れてアメリカ化していった。 新自由主義経済の下で国家が「企業」化して、収支決算や利益率、経営状態などで「査定」されるような存在になったからだ。 国家も「企業」化したが、実効支配しているのはマネーでありそれも実体のない金融マネー支配となり、国家はマルチナショナルの大企業に追随するようになってしまった。 で、フランスのコミュノタリスムが進んだ。 「多様化」「異種共生」の名のもとに「棲み分け」が広がったのだ。 それまではヨーロッパの中ほどに位置してゲルマンとケルトとラテンがまざって多様なルーツの者が共通の社会を築いていたのに、旧植民地からの移民をはじめとしたゲットー化が進行した。 日本では今回のテロに関して、時として、「白人の価値観を押し付けられ差別されるイスラム系移民が過激化した」ような言われ方もされているが、ことはもっと複雑だ。 日本でのヘイトスピーチや差別の対象になるのは主として、やはり過去に一部や全部を植民地化された国だが、もともと日本文化は多くをそれら大陸や半島の国経由のものをルーツにしているから親和性がある。 そして、何より、見ただけでは区別がつかない同じ東アジア系の姿だ。それなのに彼らの二世や三世が日本人と同じように生きていても差別の対象になることがある。 それに対して、同じように例えばフランスにとって「見た目」も変わらず文化もルーツを共有し親和性のあるイタリア(大戦の敵国であった歴史もある)からの大量の移民はフランスの共和国主義の下で完全に共和国市民になってきた。イヴ・モンタンを「イタリア系フランス人」などという者はいない。 イザベル・アジャーニがドイツ人とアルジェリア人の親を持つからフランス人でないという者もいない。 フランスは「何々系フランス人」と言う呼び方を公的な場で使わなかった。 ここにある意味で盲点がある。 「何々系」とか出身国によって区別せず、肌の色によっても区別しないという原則は確固としているのに、「宗教別」のカテゴリー分けは禁止していないからだ。なぜかというと、政教分離のライシテが徹底しているせいで、公の部分では宗教そのものがスルーされてきたからである。それは長い間葛藤を繰り返したカトリック教会との折り合いでもあった。 そこにムスリムが大量に移民してきた時も、最初の世代は「共和国市民」としての恩恵を受けることの方が多かった。 それが今のような険悪な状態になったのは、冷戦の間に西側諸国とアラブ系独裁国や軍事政権が利害を共にして結びつき、冷戦後にそれが崩れたこと、石油産出国などがイスラム原理主義者に資金を提供したことなどがある。 ゲットー化した郊外の移民が密集する地域では、そのようなイスラム国から派遣されてくるイマムが実際に原理主義的な流れを作った。もちろん原理主義がテロリストになるわけではないのだが、フランスの将来のテロリストたちの温床となったのがそのような環境であることも事実である。 ところがフランスは出生地主義で二重国籍もOKだから、移民の二世三世が有権者となるので、政治家たちは票を集めるためにコミュノタリスムをますます容認するようになった。 公立小学校でムスリムの子供のために別のメニューを提供したり公営プールで女性専用の時間を作ったりし始めたのだ。 これが一般化し始めたころのこんなエピソードを思い出す。 ピアノの発表会の後の立食パーティの時だ。 11歳の生徒の一人の友達(どちらも女の子)がいた。 いろいろあった料理のうち、パスタがあり、その女の子を連れてきた女性(発表会で弾いた子供の母親)が私のところに来て、そのパスタに豚肉は入っていないかどうかを聞いたのだ。 その子はムスリムだから豚は食べられないと言って。 私は「知り合いのレストランからおまかせで取り寄せたものなので細かいことは分からない。気になるなら他のものを食べれば」と答えた。 するとすぐ後にまた別の大人が、その子を連れて来て「この子は豚を食べないのであのパスタに豚があるかどうかきいているんだけれど」と私にたずねてきた。 「私には何も保証できない。ケーキを食べれば ? ケーキには豚がないよ」と私は答えたが、非常に嫌な気分になった。 私はその子を招待したわけではない。他の誰からも会費をとっていない。30人近くいろいろな人がいたが、別に満腹させるために招待したわけではない。もちろん飲むことも食べることも強制していないのだから、食べたくない人はおしゃべりしているだけでもいいし、帰ってもいいのだ。 でも、その女の子がしつこく聞いてきたのは、親から豚を食べるなと言われていたからかもしれないが、そもそも、こういう場所でこういう時にはそんなことをいちいち聞くものではない、とその子を連れてきた大人(普通のフランス人)が言ってもよかったと思う。 30人もいれば、好き嫌いもあればアレルギーもおなかの具合もあるだろう。 誰も主催者の私にいちいち自分の個人的な事情を告げにくることはない。 その女の子は明らかに、自分の「違い」をアピールしていた。 それがその頃のムスリム家庭の傾向になっていたのだ。 それでも、「普通のフランス人」はみんなその子にやさしく、自然に甘やかしていた。 フランス人はもともと消費の場ではクレームもつけるし自己主張もするので、「共同体主義」の「違い」アピールがもつイデオロギー性に気がつかなかったのだ。 それに旧植民地に対しては過去の植民地主義を責められてきたせいで自虐的にもなっている。 イタリアやスペインやポーランドなどの移民を特別扱いせずあっさりとフランス人にしてきたフランスが、20世紀のおわり頃から「違い」を主張するコミュニティの前でどうしていいか分からなくなってきた時代に突入したのだ。 そこに新自由主義経済の発展による格差の広がりが加わり、公教育が崩壊し始めた。 そんなことが積み重なって社会不安が高まっているところに、アフリカや中東でのテロリスト集団の勢力拡大、それにともなってフランスが今や実際にアフガニスタン、マリ、イラクに軍隊を出しているのだから、その「テロリストとの戦争」がフランス国内でも始まるのは当然でもあった。 「西洋の価値を押しつけられた異文化のグループが差別されて反撃している」という単純な構図とは、少し違う。
by mariastella
| 2015-01-14 10:27
| フランス
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