L'art de croire             竹下節子ブログ

L'ailurophobie アイルロフォビア=猫恐怖症

L'ailurophobie (またはfélinophobie, élurophobie et gatophobieなど)というのをはじめて知った。

いや、なんにでも恐怖症というのはあるから猫恐怖もあるだろうが、猫恐怖症の人に人生ではじめて会った。

マダガスカル出身の中年女性。

パリ郊外の仏教センターにチベット人医師の診察を受けに来た人で、バス停で降りてからいっしょにセンターまで歩いた。
暖炉のある待合室に通されてソファに座って話している時、彼女が叫んだ。

2回の階段から降りてくる猫が見えたと言うのだ。

彼女はソファから飛び上がって部屋の隅に行き、猫は困る、猫が来ないようにと叫んだ。

「あ、大丈夫、庭に出ますから」とセンターの人は言ったけれど猫は階段の下でうろうろしていた。

猫の毛のアレルギーかとみんな思った。

でも女性は猫を凝視して、

「お、恐ろしい、なんてこわいやつ、こ、こっちに来ないで」

などと騒いでいる。

「この子はおとなしいですよ」

とセンターの人が言う。

「私は最初にこのセンターに入った時から猫の唾液が空気の中にあるのを感じていたわ。猫の唾液の中の有害成分は空気の中に広がるのよ! 科学的にも証明されてるのよ!」

と彼女は叫んだ。

私の着ていたセーターはうちの下の猫がやってきてはモミモミ、チュッチュッと吸われているので、唾液もたっぷりついているはずだから、ひょっとしたらそれは私のセーターのにおいかもしれないな、とちらりと思った。

「心理的なものじゃないですか」

と誰かが言った。

「違う、私はマダガスカルでカメレオンだって怖くない。猫は恐ろしい、この猫は怖い」

猫が部屋に入ろうとのっそり歩いてきた。

明らかに暖炉の前に敷いてある横長の絨毯が猫の定位置のようだ。

センターの人が

「では、2 階で待てるようにしますから、上がってください」

と言った。

でも女性は相変わらず恐怖に凍りついていて

「で、でも、猫が、ほら、こっちに来る!」

と大騒ぎ。

明らかな憎悪の念すら発散している。

見るとノルベジアンみたいな長毛の大型猫で、ほれぼれするほど美しい。

私は、では彼女がサロンを出て2階に上がるまで猫を抑えておいてあげよう、と最初から思ったのだけれど、
あっけにとられたのと、彼女の恐怖が伝染して一瞬動けなかった。

猫が悪魔の化身だとか、集められて焼かれたなどの中世の伝説なんかが頭をかすめる。

すごい。

あからさまに開示された恐怖と憎悪の持つ伝染力はすごい。

この猫好きの私が、何となくこの猫を怖く感じたのだから。

結局私が立って行って猫を撫でてやったら、気持ちよさそうに寝転んでされるままになっている。

その間に女性がセンターの人に「守られて」「避難」したので、みんな、ほっとした。

私は猫を撫で続け、もちろんこちらも超気持ちいい。

心なしか、周りにいる人たちから尊敬されているような気分。

それにしても、蛇恐怖症とか蜘蛛恐怖症なら、遭遇する場所は限られているけれど、猫飼い率ヨーロッパ1と言われるフランスで暮らすのに、猫恐怖症はかなりのハンディだろうと思う。普通なら「あ、私は猫アレルギーなんです」というくらいでやり過ごすはずだが、それができないから「恐怖症」なのだ。

猫に対して、というのもそうだが、互いが知り合いでもない場所で、しかも仏教センターで、口コミでチベット人医師に診察を受けに来ているような状況で、大人の女性がまるで悪魔に遭遇したかのように騒ぎ叫び出すのを見るのは初めてだった。むしろ彼女の方が「悪魔憑き」みたいで怖かった。

今まで普通に話していた人が突然自分のコントロールができなくなったのだから。

そしてたった一人のその恐怖発作が他の人をも一瞬「どうしたらいいかわからない」パニックに陥れたのはすごい。

女性が2階に上がってから、残った人々は互いに、自分は犬派だとか猫派だとか話し始めた。

犬にも猫にも詳しい(?)私は当然いろいろと薀蓄を傾けたのだが、私の手に愛撫されて腹を出して陶酔している巨大猫のオーラのおかげで、同席していた僧侶たちにもすっかり感心されてしまった。

待合室で読むつもりで持ってきていた資料なんて、開きもしなかった。
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by mariastella | 2015-02-02 03:07 |
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