L'art de croire             竹下節子ブログ

『シャルリー・エブド』と報道の自由

IS(イスラム国)による日本人人質の殺害についてこれまで書かなかった。

すでに『シャルリー・エブド』事件についての日本の反応を見て、フランスとのあまりの違いに驚いていたからだ。

国民性の違いももちろんあるが、何よりも中近東との地政学的距離の違いが決定的だ。
フランスにとって中近東やイスラム勢力とは何世紀も前から直接戦争(732年にピレネー山脈を越えてフランク王国に侵入したウマイヤ朝のイスラム政権を「追い返した」トゥール・ポワティエの戦いから、今も引き合いに出される十字軍など)をしてきた過去があるし、帝国主義下の植民地化と独立戦争やその結果としての罪悪感や移民問題など、緊張関係の深さは日本とは比べられない。

もちろん中近東との関係の中には「冷戦」だとか「石油」だとか「グローバリゼーション」による格差の拡大とか、日本にもフランスにも共通するファクターもあるけれど、中近東とフランスの確執の実態が日本人には見えないのは、フランス人が日韓中の確執に想像力を発揮できないのと同じだ。

で、『シャルリー・エブド』の預言者のカリカチュアとそれに続くテロについても、日本では、

「やり過ぎ」、
「挑発した」、
「宗教はリスペクトすべき」

という声が出る(フランスで出ていないというわけではない)。

それは、日本で人質問題への「自業自得」「蛮勇」のようなコメントと通じるところもある。

テロの後で預言者が泣いているカリカチュアを第一面にした号の『シャルリー・エブド』の画像を日本の新聞が自粛して載せず、掲載した東京新聞が謝罪したというような話など、いろいろ考えさせられていたのだけれど、敢えて何も言わなかった。

しかし今日、こういう記事を目にした。

以下の引用はあいば達也さんのブログからの孫引きだ。


≪ 著名言論人が緊急声明 「今の日本は翼賛体制の第2段階だ」
 後藤健二さんがイスラム国の人質となって以降、安倍政権を批判すると、ネット社会では「テロリストの味方か」みたいに叩かれる風潮が高まっている。
  その背景には自民党支援のネット組織の存在が見え隠れするが、官邸の圧力も露骨だ。元官僚の著述家、古賀茂明さんが「報道ステーション」で「I am not Abe」運動を呼び掛けたところ、さっそく、官邸筋が動いた。こうしたことが有形無形の圧力となって、現場の刃がそがれていく。安倍政権はというと、人質事件に乗じて、戦争法整備を推し進めようとシャカリキなのだから、怖くなる。
 そんな中、もう見ちゃいられないとばかりに言論人が立ち上がり、 「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」を9日に出し、記者会見した。 声明には<「非常時」であることを理由に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めてしまうなら原発事故や大震災などを含めあらゆる「非常時」に政権批判を することができなくなってしまう。日本が交戦状態に入ったときなどにも(その)理屈を認めざるを得なくなり、結果的に「翼賛体制」の構築に寄与することに なるだろう>と書かれている。 賛同人には古賀氏の他、音楽家の坂本龍一氏、憲法学者の小林節氏、思想家の内田樹氏、映画監督の是枝裕和氏、パロディー作家のマッド・アマノ氏、作家の平 野啓一郎氏、パーソナリティーの吉田照美氏、劇作家の平田オリザ氏、吉本芸人のおしどりマコ氏ら多数の有名人が 集まった。
 古賀氏は改めてこう言った。 「これまでもマスコミの自粛、萎縮というものを感じていましたが、いまは相当な危機を感じています。翼賛体制にはホップ、ステップ、ジャンプがあって、 ホップで権力側は報道にやんわり文句を言う。そうなると現場は面倒になって、ステップでメディアは自ら権力側に迎合していく。そうした報道により、ジャン プで、選挙による独裁体制が確立する。今はステップの段階に来ています」
 その古賀氏の自宅周辺を最近、神奈川県警が警備を強化しているというから、本当に笑えない世の中になってきた。 ≫(日刊ゲンダイ)

***

で、あらためて、『シャルリー・エブド』がなぜ預言者のカリカチュアにこだわったのかについて一言書いておくことにした。

ことの発端はよく知られているが、2005年9月にデンマークの新聞が、ムハンマドのカリカチュアを出したことで、世界中で抗議デモやデンマーク大使館やキリスト教会攻撃が起こり死者まで出たことだ。

カリカチュアはイスラムを侮辱するものではなくイスラムの名を掲げる狂信派、テロリストを揶揄する意図のものであった。当然国際問題となり、夕刊紙「フランス・ソワール」がそのカリカチュアを転載した。

2006年2月1日のことだ。

ところが、当時『シャルリー・エブド』の編集長だったフィリップ・ヴァルがその日に他のジャーナリストたちと夕食をとっていたところ、「フランス・ソワール」の編集責任者ジャック・ルフランが解雇されたというニュースが入った。

「フランス・ソワール」の所有者はシリア系コプト出身のエジプトとフランス両国籍を持つレイモン・ラカーである(翌日、新編集長に任命されたエリック・ファヴローはその日のうちに抗議の辞職をした)。 

ニュースを聞いたフィリップ・ヴァルたちは

「ジャーナリストとしての仕事をしたことで解雇されるのは許されない、我々も一斉にあのカリカチュアを掲載しよう、それで解決するはずだ」

と決意した。

ところが、翌朝『リベラシオン』のセルジュ・ジュリーがヴァルに電話してきて、「うちでは無理だ」と言った。

『ヌーヴェル・オブゼルヴァトゥール』の編集長も、このことを話したら編集部全員に反対されたのであきらめたと言った。

ヴァルは編集部にこの企画を話した。

風刺画家たちはデンマークの同業者への連帯意識もあってただちに賛同し、そのリスクにもかかわらず、経理や広報に至るまでみなが賛同した。

結局、件のカリカチュアを転載したのは『シャルリー・エブド』だけで、『レクスプレス』誌だけがその『シャルリー・エブド』の記事をさらに転載しただけだった。

もしもその時に、フランスの主要メディアが一斉にカリカチュアの転載をしていたら、今回の事件は起こらなかったかもしれないと無念の思いをヴァルは吐露する。

私は『フランス・ソワール』は見ていなかったがこの時の『シャルリー・エブド』を購入した。

カリカチュアが問題になっている時は、「知りたい」は「見たい」とイコールだ。

正直言って、『シャルリー・エブド』の他のページの過激さに比べて拍子抜けするほどソフトだと思った。

で、カリカチュアの転載された号の発売前日にヴァルはド・ヴィルパン首相に召喚されたが代理を送った。
その後で大統領にも呼び出されたがサルコジが横やりを入れた。それは別にサルコジが表現の自由を支援したからではなく、当時の深刻な与党内部の分裂の反映だ。

次に、フランス・イスラム連合と世界イスラム連盟とパリのモスクの三者が連名で『シャルリー・エブド』を名誉棄損で訴えた。乗り気ではなかったパリ・モスクを後押ししたのはシラク大統領で、自分の顧問弁護士を紹介するからとまで言った。

なぜか?

その一週間後にシラク大統領はサウジアラビアを訪問してミラージュ戦闘機の注文を受けてきた。

裁判は『シャルリー・エブド』の勝訴だった。

彼らの意図が宗教攻撃ではなく時代の一般ニュースを考察したものであると認められたからだ。

でもフィリップ・ヴァルは脅迫され続け、暗殺未遂もあった。

そういう流れに『シャルリー・エブド』はあったのである。

ちなみに、『シャルリー・エブド』がマイナーで下品なメディアなのがテロで突然脚光を浴びたかのように言われるのを見たが、殺された風刺画家らは、メジャーな場所でも多く描き続けている国民的に知られた人たちだ。
80歳や76歳で意気軒昂な「現役」であったことからも、彼らが多くのフランス人にとって「原風景」みたいな図柄を長く提供していたのは確かだ。

彼らの死によって、今度こそはと、『シャルリー・エブド』がこれまでに出した様々な「政治的(経済的?)公正」を欠くカリカチュアや、テロの後の号の表紙が、これでもかこれでもかとマスメディアに繰り返し転載され、映された。

まさに「赤信号、みんなで渡れば怖くない」垂れ流し状態だった。

そのことでイスラム系の国のフランス大使館や教会が攻撃され、
フランス国旗が燃やされようとも、
これまで見て見ぬふりをしてきたいろいろな問題が顕在化されようとも、

『シャルリー・エブド』テロの後のリアクションとしては、とりあえずあれしかなかった、と大方のフランス人は納得している。

これから何をどうするのかが問題であることはもちろんだけれど、見て見ぬふりや事なかれ主義が重大な結果を生んでしまうことの教訓だけは肝に銘じられたのだろう。

それらの経緯を見てくると、あらためて、このフランスでのテロやそれに続く人質事件に対する日本の大手メディアの対応がはらむ大きな問題を考えざるを得ない。
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by mariastella | 2015-02-11 23:09 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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