L'art de croire             竹下節子ブログ

第40回セザール賞

40回目のセザール賞の発表が金曜日にあった。

この賞の歴史はほぼ私のフランス滞在の歴史と重なっているので多くの映画の記憶と共に、プレゼンテーション自体の変遷が感慨深い。

今年は「表現の自由」が話題になった年だったので、いつにもまして、普通なら自粛するような差別用語とかがそこかしこに出てきた。

『トンブクトゥ』が各賞をさらったのも、監督のスピーチも、フランスのいいところが全開だった。
監督のアブデラマーヌ・シッサコはモリタニア国籍で、幼い頃マリに亡命、モスクワで映画を学び、1990年代初めにフランスに来てずっと制作し続けている。この話は過激派に占領されたマリの町の様子をモリタニアでロケしたものだ。

イスラム過激派に侵略されたマリに単独で出かけて行って過激派を追いやって人々を「解放」したのは、オランド大統領の数少ない「成功体験」で、現地の人々に感謝された「分かりやすい正義」ということもあるが、ここでこの映画を評価して、監督に「自由を侵す者への抵抗」の価値を体現させたことは時宜にかなっていた。

名誉セザールを受賞したのがショーン・ペンという人選もぴったりとなった。

ショーン・ペンはロシア系亡命ユダヤ人の父とアイルランド・イタリア系カトリックの母との間でライシテ、不可知論の環境で育った。若い頃に暴力沙汰で逮捕されたり投獄されたりの過去は有名だし、役柄としても、絶望した暴力的な若者だとか知的障碍者、重病人、同性愛者、死刑囚などのマイノリティを演じてきた人だから、もちろんフランスとフランス映画のシンパでもある。

宗教にまつわる陰謀論がはびこっているのを意識してか、セザール賞がイスラム、カトリック、ユダヤ、悪魔崇拝の四つの勢力に牛耳られているというパロディ・ビデオも挿入されて笑えた。
この四つを動員するなら、なんだって陰謀の「証拠」になる。
その中で映画で使われるFUJI FILM というのはFILM JUIF(ユダヤの映画)のアナグラムだというこじつけが日本人としてはおもしろかった。JUIFはフランス語だからあまり日本では受けないだろうけれど、日本の象徴でもある FUJIというアルファベットの綴りが「ユダヤ」(名刺も形容詞も)に変わるというのは、今度からは目にする度に思い出しそうだ。

それにしても、若い頃のショーン・ペンが演じていた「絶望して暴力的になる若者」だとか、『トンブクトゥ』でイスラム過激派に恐怖支配を受けている地域の人の暮らしだとか、どれもこれも過去のものではなくて今現在の危機的状況そのものだというのはおそろしい。

18歳で親の家を抜け出してシリアでISILに合流して、現地の子供たちの世話をしていると親に連絡していたフランス人(ムスリム家庭ではない)の若者が、イラクで「自爆テロ」をして自分も死んだというニュースがセザール賞の日の夕方に流れた。
それを見て、日本で人質事件の間にグーグルの翻訳機能を使ったという日本語で、ツイッターで日本人とやりとりしていた22歳というISILのメンバーの話を思い出した。彼も子供たちの世話をしていて、自分たち(仲間には14歳くらいの少年がいるとも書いていたと思う)は自爆要員だと言っていた。いつ命令が来ても従う使命感があるようだった。その人はイラクの空爆で家族を殺されたという個人的恨みがあったようだが、ISILの勧誘動画を見て現地に行くヨーロッパの家庭の若者もいるのだ。ツイッターの真偽は分からなかったけれど、今回の自爆テロを見て、そういう若者たちがまだたくさん控えているのだろうとおもうといろいろな意味で恐ろしい。
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by mariastella | 2015-02-22 03:12 | 映画
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