L'art de croire             竹下節子ブログ

スーパー・ヒーローはフランス生まれ

スーパーマンやバットマンや、スパイダーマンや、有名なスーパー・ヒーローはアメリカンがルーツだと思っている人が多いかもしれない。

まずアメリカンなヒーローを見た後で日本では月光仮面などが生まれたし、ウルトラマンからセーラームーンまでいろいろ派生したのだと思われるけれど、実はアメリカン・スーパー・ヒーロールーツはフランスにある。

20世紀初め以来、フランスのコミック、映画、小説などに登場してきたスーパー・ヒーローは300を超えるそうだ(Xavier Fournier « Super-Héros.Une histoire française »)。

その原型は、なんと、実際に20世紀初頭にパリやフランスの大都市で、マスクをつけたりコスチュームをつけたりして出没した「正義の味方」だったという。人々はそんな謎の人物について三面記事を読んで、想像力をたくましくした。それがスーパー・ヒーローものを生んだらしい。

その前には、産業革命で都市が発達し、地方から労働力が流入した19世紀末からの社会的カオスがあった。
ロマン派全盛の時代でもあり、人々は、神から使わされて社会正義を行うシンボルをスーパー・ヒーローに託したのだ。
つまり、スーパー・ヒーローは都会が生んだヒーローだった。

確かに、アメリカのように広大な土地があるところで牛を追うカウボーイのようなのがヒーローになれる世界では、超能力のスーパー・ヒーローなど出てくる必要は特にない。

ごちゃごちゃした都会でこそ「強きをくじき弱きを助ける」スーパー・ヒーロー(あるいはスーパー・反社会人)が待たれていたのかもしれない。ファントマやアルセーヌ・ルパンは日本でもよく知られている。

ロマン派の都会のヒーローはジャン・バルジャンであり、モンテ・クリスト伯であり、ノーティラス号のネモ艦長(彼は都会とは言えないけれど)だった。彼らはみな何らかのトラウマをかかえていた。

ところが20世紀に入ると社会正義の執行人であるスーパー・ヒーローの名は、ファンタクス、フュルギュロス、サタナックス、スーパー・ボーイ、フェリーナという非日常的なものに変わっていく。
皆アウトローで影がある。
ニクタロップは暗闇でも目が見える超能力者だ。
「星の騎士たち」というグループはテレパシーの能力があった。

1930年代にアメリカに現われた「ザ・シャドウ」は黒服に黒帽子で夜に活躍するフランスの「ジュデックス」からインスパイアされたコピーで、それがフランスに逆輸入された時にフランスの出版社はジュデックスの名に戻したほどだった。

フランスでは1910年にすでにスーパー・ヒーローもののシリーズ映画が作られていたという。

アングロ・サクソンは大体10年遅れだったが、バットマンに出てくるジョーカーがユゴーの「笑う男」のコピーだったように、今でもフランスの名残はあるらしい。

スーパー・ヒーロー映画はハリウッドの代名詞みたいになるけれど、フランスでは1950年ごろからそういうロマネスクな映画は流行らなくなる。
ヌーヴェル・ヴァーグが台頭したころは、スーパー・ヒーローのジャンルは中学生向けのB級ジャンルだと見なされるようになったからだ。

その後宇宙から来たスーパーマンがアメリカの摩天楼より高く飛んだり、日本ではゴジラや怪獣たちが都会を破壊したりするようになるのだけれど、なるほど、ジャン・バルジャンから発したフランスのヒーローはなかなかそちらの方には進化しなかったようだ。

それでも、フランスのコミックで第一次大戦時にフランス軍を鼓舞する半人半ロボットのスーパー・ヒーロー「ターユフェール」が出てくる『歩哨』が去年映画化されたところを見ると、ジュール・ヴェルヌの国の想像力は案外健在なのかもしれない。
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by mariastella | 2015-03-07 09:53 | フランス
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