L'art de croire             竹下節子ブログ

復活祭の憂鬱

もう三週間近くもうちのインターネットが使えず、図書館やマクドナルドなどでメールだけチェックする日が続いている。それでも今日が「復活祭」だったので、うちのネット環境も復活するかと期待していたのだけれど、復活しなかった。

うちのプロバイダーはもう18年前から加入していて機械も古いやつで、電話線につながっているのだが、その電話線がロマに盗まれて近隣の1800世帯の電話が不通となった。うちの固定電話の方は2週間後に復旧したのだが、FAXとネットにつながっている方の線が、よそのうちと入れ替わってしまって、何度催促してもまだ元に戻らない。

幸い仕事はプリントアウトされて送られたゲラの校正が主だったので被害は少ないが、いつ回復するか分からないというのは落ち着かない。おまけにその期間、風邪をひいて喉や鼻がやられていたので鬱々とすごしていた。猫のように「ひたすら寝て治す」対策を実行したが、ひたすら寝たのに治らない。

復活祭前の「精進期間」だしまあいいか、復活祭にはネットも体調も復活するだろうと思っていたのに、結局ネットも使えぬまま、風邪も治らぬままのさえない状態で、ブログも更新しなかった。

それでも、復活祭の今日、昼にテレビでフランシスコ教皇のメッセージを中継で聞いて、彼の顔を見ているだけで、地球人口の過半数を占める一神教世界にこの人がいてよかったなあ、と思った。

復活するべきなのはインターネットでなくて、心の持ちようなんだなあとも思う。

メッセージの後に、聖ピエトロ広場に集まった人やテレビ、ラジオなどで参加している人に対しても、罪の「全免償」が与えられる。教会法的に厳密に言えばいろいろあるのだけれど、気分的にはテレビの前にいるだけで罪が全部チャラになるというリセット気分で気持ちがいい。

これを昔からやってたら、免罪符を売りつけていたことをルターに非難されることもなかったかも、プロテスタントも生まれなかったも、などと思ってしまう。

でもこういう宗教的な「お祭り」で、願い事がかなう、とかご利益がある、とかいうのでなくて、単に(私の場合)実は特に自分で悩んでもいない罪が免償される、というだけなのは、ある意味、まっとうだなあ、取引きでない「恵み」というものの本質をついているなあ、という気がする。

日本では正月には初詣をしていろいろと願い事などしてしまいそうだが、その前の大晦日に除夜の鐘で108の煩悩を清めてしまうというのが「全免償」に似ていると思う。でも、テレビで各地の除夜の鐘を聞いても、108全部を聞くわけではなく、ただの風物詩で、「煩悩を清められてよかったよかった」と言うより、ああ今年もまた終わるんだなあ、という感慨しかない。

先週はケニアの大学でキリスト教徒をターゲットにした大規模なテロがあり、フランシスコ教皇の顔も重々しい。

キリストの死と復活は「暴力を使わないで共生できる世界」への希望に直結しているというメッセージは心に響く。

去年ペレスとアッバスがヴァティカンの庭で共に祈ったのだが、それを呼びかけたのがフランシスコ教皇ではなくて、ペレスとアッバスがフランシスコに頼んで、「ではうちの庭で」ということになったという裏話をはじめて知った。一神教の神はひとつで同じ神に祈ったわけだ。その後でイスラエルによるガザの攻撃があって、「共同の祈りは効を奏さなかった」などとも言われたが、祈りや恵みがいつどのような形で実現するのかなどは所詮「今ここ」のレベルでは分からないのだろう。

アフリカや中東のキリスト教徒たちは今宗教の名において迫害されている最大の被害者だ。金を払うかイスラムに改宗するかと言われて多くの人が土地を捨てたのは記憶に新しい。

それでも、過激派が文化遺産を破壊すると非難の声を上げる「国際社会」は、イラクやシリアやコプトのキリスト教徒が追われたり惨殺されたりすることにはあまり関心をしめさなかった。ずっと声をあげてきたのはローマ・カトリックのフランシスコ教皇で、最近フランスのファビウス外相がようやく国連で訴えた。

それでも、フランスでは、中東のキリスト教徒救済の広告がパリの公共交通機関からはずされるという事件があった。「キリスト教を守る」というような言葉は、公共空間の非宗教性をうたったライシテ(政教分離)に反しているというのだ。

実際のライシテは、公共空間で、多宗教、あるいは無宗教の人が自由に生きることができるという建前でできたものだ。
けれども今は、高まるイスラム原理主義を牽制したいがイスラムだけ名指しで禁じるのはまずいので「すべての宗教」をまとめてプライヴェート・ゾーンに追いやるような風潮になっている。
で、今、迫害されている中東のキリスト教徒(イスラムやヨーロッパのカトリックなどより古い伝統宗教だ)などを支援することには「キリスト教」を贔屓すると思われたくないかのように及び腰だったということである。

明治のはじめ、キリスト教禁令が解かれず、宣教師がやってきたので表に出てきてカトリックに戻った隠れキリシタンたちが迫害された時、フランス中の教会が「日本のカトリックのために祈った」というエピソードを思い出す。
考えてみれば、人が信教の違いや有無によって迫害されなくなったのは「先進国」と言われる場所でも、ほんの最近のことにすぎない。

「人として生まれた神」が捕らえられ、無抵抗で痛めつけられ、それでも父なる神に「彼らを赦して下さい」と言って殺されたのに「復活」した、愛は憎しみや死に勝つ、という「復活祭」の意味を改めて考えさせられる。

教皇はいつものように「わたしのために祈って下さい」と結んだ。

あの人のためなら祈りは通じるような気がする。
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by mariastella | 2015-04-05 23:49 | 雑感
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