L'art de croire             竹下節子ブログ

パートナーシップの話

社会学者の田中ひかるさんのブログで渋谷区の「パートナーシップ」証明についての記事を読んだ。全面的に同意。

>同性婚の認否以前に、国によって結婚制度そのものが異なる。
当然ながら「結婚しないと損をする国」ほど、婚姻率が高い。

>真に「人権や多様な生き方を尊重する」社会を目指すなら、結婚制度の間口を広げるよりも、「結婚しなくても損をしない社会」にするべきなのだ。

など、私が日頃考えていることだ。

私はフランスの同性婚法の採択にある意味で反対した。

先行するパクス(PACS:Le Pacte civil de solidarité)という、共に暮らす二人の人間の連帯を保証する法律(別居を余儀なくされる転勤を拒否できるとか、どちらかが死んでも住居や遺産や子供についての権利がある程度守られるなど)がさらなる充実をする可能性を妨げ、共生の概念を性的なものだけに矮小化するものだと思ったからだ。

性的関係のない同性の友人同士、きょうだい、師弟などでも、未成年の子供を共同で育てる選択をした者同士なら結婚家庭と同様の保証を受けられるようにすべきだと思うし、共に暮らす選択をした二者のどちらかに障害があるとか、年金がないとか収入がないとかの場合に、残された時に遺族年金が受けられるようになることを願う人も多い。

それがロビーの力が大きく消費者としても有望な同性愛者にのみ「結婚」という枠を与えたので、パクスが救っていた「相対的強者が相対的弱者を守るというような関係」の強化は見込み薄になってしまった。

アルツハイマーの初期である身寄りのない友人の面倒を見ている元公務員のある女性は友人とパクス契約を結んでいるが、自分の死後に相手を守るためだけに「同性婚」に移るなどとてもできない。
「同性婚」は愛と性がセットになった旗印だからだ。

確かにフランスは「結婚しないと損をする国」ではないし、婚姻率も低い。
でもカップルが暮らす率も高く出生率も高くて、子供たちも差別を受けない。

それでも、性的マイノリティがどうとか出産がどうとか育児がどうとかだけに視野を限ると、あらゆる人の「生活の質」の本当の意味での尊重や、連帯の必要性を見失うと思う。

田中さんは

>結婚も出産も人生の選択肢の一つに過ぎないと考えるような人間は、この国では最早「非国民」なのだろう。

と結んでいる。

結婚も出産も「選択しない」人は「負け犬」どころか強い人の場合も多いと思うが、

結婚も子供を持つことも最初から選択肢にない人、また選択肢から消えた人も、リスペクトされ支援されて生きる権利がある、

と考える私は「神の国」に引っ越すしかないのかもしれない。
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by mariastella | 2015-04-27 23:11 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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