L'art de croire             竹下節子ブログ

『ティエリー・トグルドーの憂鬱(La loi du marché)』ステファヌ・ブリゼとヴァンサン・ランドン

社会派の映画監督ステファヌ・ブリゼと性格俳優ヴァンサン・ランドンのコンビが私費を投じて売れないのを覚悟で作ったネオリベラリズムの弱肉強食システム告発映画『La loi du marché(市場の掟)』が、カンヌ映画祭で認められたので上映が延長、拡大されている。

最優秀男優賞を得たヴァンサン・ランドンが涙していたのが印象的で、こんな救われない暗い映画は嫌だと思っていたのについ観に行った。

父や母に賞を取ったのを見てもらいたかったのにもう亡くなってこの世にいない、とか、これではじめて子供に自分が何をしているか言える、など、キャリアのある名優とは言えないような謙虚なコメントをしていたが、彼がブルジョワ・エリート家庭の出身で自分も最初はジャーナリスムで働いたこともある背景などを考えると、本音なのかもしれない。

で、この映画、リセの最終学年に進もうとしている障碍児(言語障害や運動障害がある)をかかえた機械工が失業して、不毛で屈辱的なさまざまな体験(スカイプによる面接とか、グループ・コーチング、無意味な職業訓練もあれば銀行とのやり取りやモバイル・ホームを売りに出すなど)の後でようやくハイパー・マーケットの警備員の職を得る。

監視カメラを常にチェックし、携帯のチャージ機を盗んで「外で万引きして来いと脅された」のだと言い訳する若者や、肉を盗んだ初老の男などの尋問のシーンもつらいが、レジ係りの女性がポイントを盗んで解雇され自殺するなど、衝撃的なことも起こる。

映画としては抑制があって、妻と踊るシーン、息子との絆なども描かれていて救いはいろいろあるのだけれど、ハイパー・マーケットで繰り広げられるみじめな悪があまりにリアルで見ていられない。

これがおなじ社会派映画でもケン・ローチのイギリス映画とか、ダルデンヌ兄弟のベルギー映画(同じ労働者の絶望的状況の『サンドラの週末』など)なら、距離を置いてみることができるのだけれど、このハイパー・マーケットの店員たちや警備員たちの様子、問い詰められても開き直る感じ、絶対に自分の非を認めない感じ、など、私も毎週ハイパー・マーケットに買い出しに出かけるので、まさにこの通りというのが身につまされる。

レジ係りが当然配るはずのサービス券だのシールだのをくれないということもよくある。「要りますか」と聞かれれば「要りません」と答える(こういうと領収証に徴しを入れられる)ことがほとんどなので最初からもらえなくても困らないし気にしていなかったけれど、いろいろなことが内部では摘発されているのかもしれない。

とにかくリアルだと思っていたら、なんと配役はすべてその仕事をしている素人を使ったそうだ。警備員もレジ係りも、店長も。この店長とか本社から派遣された人事担当の男とかがまたいかにもビジネス・スクールを出ていますという感じなのだ。

職安の職員も、コーチングのグループも、銀行の融資担当も、みな「その道の人」の特別出演だそうだ。フランス人ならみんないかにも引き受けそうではある。

あまりにもリアルなのでまるで覗き見しているような罪悪感を覚える。

こんな映画が、宝石キラキラのカンヌ映画祭で大喝采を得たなんてその落差を考えただけでショックだ。

ローンが払えないとか失業とか警備員とかスーパーで働くこと自体も絶対にあり得なかったしこれからもさらにあり得ないだろう自分の人生とまったくの別世界がおそろしい。ある意味ではすべての映画は自分の実人生の体験と何の関係もないわけだけれど、フランスに住んでいてこの映画を見ると、映画の中身でなく、リアルに周りにいて普段から客としてかかわっている人たちひとりひとりが尊厳をもって生きられない現実を突きつけられて動揺するのだ。

次にハイパーに行ったらもう絶対に今までのようにはふるまえないだろう。

(続く)
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by mariastella | 2015-06-15 01:24 | 映画
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