L'art de croire             竹下節子ブログ

ステファヌ・ブリゼとヴァンサン・ランドン『La loi duステファヌ・ブリゼ『quelques heures de printemps (春の数時間)邦題 :母の身終い』

(これは社会派の映画監督ステファヌ・ブリゼと性格俳優ヴァンサン・ランドンの弱肉強食システム告発映画『La loi du marché(市場の掟)』についての前の記事の続きです。)
『市場の掟』があまりにも衝撃的だったので、同じくステファヌ・ブリゼとヴァンサン・ランドンのコンビの前作『quelques heures de printemps (春の数時間)邦題 :母の身終い』のDVDも見ることにした。

これはトラック運転手だったアラン(ヴァンサン・ランドン)が出来心で麻薬を搬送し18ヵ月の懲役の後で未亡人である母のもとへ帰るという話で、その母が脳腫瘍の末期でスイスの自殺幇助協会に申し込みをしているというやはりどうしようもなくやりきれない設定なので敬遠していた作品だ。

監督がこの自殺幇助システムのドキュメンタリー番組を見てテーマにすることを思い立ったというのでそこのところは一種の情報映画として、なるほどこんなものなのかと感心するばかりだ。

でも、たとえば、息子と母の関係で息子から母に罵声が浴びせられるシーンは、これもリアルなせいであまりの「世界の違い」を感じてしまってつらい。

私の周りで父親が母親をどなったり息子が母親にどなったりするようなシーンなど一度も見たことも聞いたことがない。

もちろん、これよりずっと暴力的で残虐なシーンのある映画などいくらでも見たことがあるけれど「自分と比べる」などという発想はあるわけもなかった。

ステファヌ・ブリゼとヴァンサン・ランドンに見せられるとたちまち自分と引き比べてやりきれなくなるのはなぜだろう。フランス語が分かるからというのは理由のひとつだろうが、ダルデンヌ兄弟のベルギー映画のフランス語ではこのような切実さはないので、やはり「国」の雰囲気というのが大きいのかもしれない。

もちろん普通に「映画として面白い」部分はある。母親が息子を戻すために犬に毒を盛るシーンなどはその意図が分からぬままサスペンスフルでぞっとする。

私にとっては、好き嫌いを超えたメッセージを名演と名演出で伝えることに成功する映画の一例だ。

今回のカンヌで話題になった映画がヒットしすることで、このコンビが次の作品に取りかかる助けになればいいと願うばかりだ。
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by mariastella | 2015-06-15 01:31 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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