L'art de croire             竹下節子ブログ

聖母被昇天祭だった

8/15はプライヴェートなことで「記念日」に当たる。

フランスではいつも聖母被昇天祭の休日なので、聖母像行列だとか聖母関係のフォークロリックな行事のウォッチングは楽しみのひとつなのだけれど、今年は土曜日でバカンスに出る人と戻る人の車で道路は大渋滞しているからどこにも行かなかった。

パリではもちろんノートルダム大聖堂が毎年特別の典礼をしているけれど、前夜祭の行列などはあいにくの雨なので出かけなかった。

で、「被昇天のノートルダム」の名を冠したパリの教会のうちで行ったことのない19区のビュットショーモン公園近くの教会のミサに行ってみた。

このあたりの地区に新しい集合住宅が立った1960年代初めにできて1964年に3人の司祭と共に小教区になった。会衆席が後ろに行くほど高くなる劇場構造で、「うーん、コンサートにもよさそう」と思ってしまう。
けれども、「被昇天のノートルダム」という名の割には特別なものは何もなく、被昇天の絵や像もない。バカンス時期なので席も半数ぐらいしか埋まっていない。

でもここのルヴェリエール司祭の司式が好感度大だった。

何しろ声がよくて、ほとんどすべてに節がついて、心地よいフランス語になっている。

終始ニコニコして会衆のことを「mes amis !!(わが友よ)」とよびかける。

説教の始めの「つかみ」が「マーフィの法則ってご存知ですか ?」であり、晴佐久神父ですか、というノリだったのにも驚いた。

内容は、普通は悪いことは連続して起こる、一つ悪ければ連鎖してどんどん悪くなる、あれ、右の膝が痛いなあと思ってかばって左足に力を入れて歩いていたら左足が過労で壊れて整体やらマッサージやらに通うことになり、整体師とかが高級車なんかを乗り回すようになるんですよ、みたいな感じで始まる。

その後は、でもね、実はその反対の法則もその前に働いていて、いいことがいいことを生むんです、と福音の話につながっていくのだけれど、被昇天の話ではなくてイエスをみごもった聖母が高齢にかかわらず臨月に近い従姉のエリザベツを訪ねる「聖母訪問」の話になった。

洗礼を受けなくたって神への信頼と賛美を聞いただけで喜びが伝染する、祝福された者になる、という展開で、このミサではディエゴ君という赤ちゃんの洗礼も同時にあったのだけれど、ディエゴ君はそんなよいことの連鎖の神の共同体の一員になったのだからもう成功は約束された、と満面の笑顔で言うのだ。

「成功」という言葉を何度も使うので、なんだかポジティヴ・シンキングによるサクセス・メソードみたいだったけれど、そういうオプティミズムは伝染するもので、その場にいる時は楽しくなった。
でも子供に障害があったら「成功」という言葉を親はどう受け止めるのだろう、などの考えも頭をよぎる。

聖体を授ける時も、満面の笑みで「キリストの体」と言いながら、聖体を見つめ、信者と目を合わせて最初から最後まで実に幸せそうなので、すごいなあ、と感心した。

ミサの後、道路につながる出口は閉ざされていて、外に出るには皆、アペリティフ(シードル、コーラ、ジュースなど)とおつまみの提供される部屋を通らなくてはならないシステムになっていて、希望者はその後食事もできるようになっている。

明らかに病とフラストレーションを抱えている男性が司祭に近づいて「身の上相談」を仕掛けてきたけれど、「それは食事の時にゆっくり聞きますから」とその場では斥けていた。

こういうタイプの司祭さんは大変だなあ、とも思う。巷の自己啓発講座と違ってポジティヴ志向の人だけが来るわけではない。

私もいろいろ話して、9/12と13日のセレモニーの招待状をもらった。

なんとリジューのテレーズの両親(福者)と聖ルイ=マリー・グリニョン・ド・モンフォールの聖遺物の拝観とそれを祭壇に入れて教会を聖別(これはパリ大司教が来てやる)するセレモニーなのだ。

「ええっ、教会の祭壇ってみんなすでに聖遺物が入ってるんじゃないんですか ?」と私が言うと、それは第二ヴァティカン公会議の前の話で、それ以降は聖別なしでも教会として機能できたのだそうだ。

「だから、今日の祭壇って、ただのテーブルでしょ」と言われる。

なるほど。

司祭のパフォーマンスに気をとられて祭壇なんか見ていなかった。

で、9月13日には内陣の周りの壁に12の十字架を張り巡らせて祝別してもらうのだそうだ。

ええっ、それも、普通は14の「十字架の道」(イエスの受難を追体験して祈る)で14じゃないんですか。

いや、それは12使徒のシンボルなんだそうだ。

受難に焦点をおかずに復活から始まった「いいことがいいことを生み続ける」ために出発した12使徒ということで、徹底している。

帰ってからネットで検索すると、ルヴェリエール司祭は今年50歳で、「アイン・カレム(AÏN KAREM)という信心会のメンバーだった。

ヘブライ語で「ブドウ樹の泉」というこの言葉はマリアがユダの町に訪ねて行ったエリザベツの住む小さな村の名前なんだそうだ。道理で「聖母訪問」のエピソードを強調していたわけだ。

この会はパリ生まれのルヴェリエール司祭が数学専攻の学生だったころにパリの若者を中心に結成されたというから、司祭もいわゆる「ヨハネ=パウロ二世世代」の若者だったのだろう。24歳で神学校に入り、30歳で司祭になり、「聖母被昇天」教会の主任司祭になったのは去年からだ。
会は6人の司祭、一人の助祭を含む20-76歳の60人くらいのメンバーからなっていて既婚者も多い。

ミサの後のパーティでにこにこ笑顔をふりまいていた2人の夫人もメンバーなんだろうなと思った。

この聖母被昇天祭は特に中東のキリスト教徒のために祈るということで、正午にはフランスの主要教会で鐘がならされたが、この教会では鳴らされなかった。

パリ郊外のカテドラルでイスラム国に追われたイラクのキリスト教徒難民を受け入れて世話しているところもあって、そういうところのミサは(テレビのニュースで見たが)なかなか感動的だった。カトリックの司祭が、イラクのマスールから追われたキリスト教徒には死者が出ず、彼らをイスラム国から守ろうとしたムスリムが一人殺されたこと、またムスリム内の宗派争いやマイノリティ粛清の方がキリスト教徒弾圧よりもひどいのだと強調していた。
いずれはキリスト教徒が戻って共に平和を築かないとシーア派とスンニー派だけの平和協定は難しいとも。

サダム・フセインの時は少なくともその点ではバランスが取れていたなあと思う。

教会を出た後近くのビュット・ショーモン公園を散策していたら、マメ科の枝垂れエンジュの大木があった。

1873年に北中国からもたらされて植えられたとあるが、つけられている学名が「Styphnologium Japonicum」と日本という言葉が入っているのに反応してしまった。なんというか繊細とは程遠い猛烈な感じの伸び方垂れ方で水面を這っている。

日本と言えば、8/15日は日本では終戦記念日で、前日に発表された「阿部談話」の全文をネットでさっそく読んでみた。

第一印象は「あるのはレトリックばかりで誠実さはひとかけらもないなあ」というものだ。

政治の世界では「誠実さ」はリスキーで政治の言葉にはならないのかもしれないけれど。

「もう謝罪はこれでやめにしたい」という意図だけはちゃんと伝わるようになっている。

でももっと気になったのは談話の後に語ったという

「同時に私たちは歴史に対して謙虚でなければなりません。謙虚な姿勢とは果たして、聞き漏らした声がほかにもあるのではないかと、常に歴史を見つめ続ける態度であると考えます。私はこれからも謙虚に歴史の声に耳を傾けながら、未来の知恵を学んでいく。そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています。」

という部分だ。

阿部首相の口からこれを聞くと、なんだか「歴史はいつでも修正のチャンスがありますよ」と言っているかのように聞こえた。

今一応継承しておく「お詫び」だって確かなものとは限らない。

人間だもの。

そういえばおじいさんの岸首相も安保闘争の時に「声なき声を聞く」って「謙虚」な人だったよなー(棒読み)。

( 「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私には“声なき声”が聞こえる」というやつで私も子供心に刻まれた。フランスの1月のシャルリー・エブド事件の後の「表現の自由」400万人デモの後ても、「デモに行かない残りの6600万人の声なき声を聞け」、っていう感じの人はもちろんいた。トッドさん、とかね。 )

「聞き漏らし」ていた「証言」がある日突如出てきて既成史観を覆すということは、可能性としてはあるけれど、その新「証言」を検証するすべがあるかないかも問題だ。

原則としては犠牲者や弱者の声の方に耳を傾けたいところだけれど、それが創作であったり特定のイデオロギーのツールにされていたりという可能性もある。

セクハラの告発やいじめの告発にまで必ずついて回る問題だ。

「数」が「力」に変換できる場合とそうでない場合は、状況によって変わる。

どちらにしても「愛」や「誠実」を「数字」には変換できないのは確かだと思うけれど。
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by mariastella | 2015-08-16 21:35 | 宗教
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