L'art de croire             竹下節子ブログ

フィレンツェ症候群はあるか  フィレンツェの話 その2

21世紀になってはじめてフィレンツェに行く前に、昔の「日本人頭」では思いつかなかった視点が二つあった。

ひとつはフランス人の「フィレンツェ症候群」だ。

フランス人には「インド症候群」というのと「フィレンツェ症候群」というのがある。
精神科で知られている言葉だ。

前者ははじめてインドを訪れたフランス人が、自分たちとは全く異質の宇宙を発見してアイデンティティが吹っ飛んで、そのまま居ついてしまうというものだ。

60年代や70年代のヒッピー文化などと関係がある。
フランスがまだフランス中心主義で、異文化に慣れていないアナログな時代だったからだろう。

70年代のフランスでは映画館でかかるアメリカ映画もたいていはフランス語吹き替えで、それをアメリカ映画とさえ認識していない人も多かった。シャンゼリゼに1軒だけあったマクドナルドも撤退してしまった。
グローバリゼーションという名のアメリカ化がなかった時代である。

今は世界中の異文化情報が氾濫しているから、はるばるインドに出かけようという若者が現地でショックを受
けることはないだろう。

フィレンツェ症候群の方は、フランスが文化の中心だと思っていたフランス人がフィレンツェを訪れて、すべてはフィレンツェに「ほんもの」があったのだ、とショックを受けるというアイデンティティと自信の喪失症状である。

まあ日本の文化のルーツのほとんどが中国や朝鮮半島経由であるというのと同じなのだけれど、これは、日本人頭ではあまり理解できない。

日本と大陸との関係では、いろいろ持ってきても、コピーというよりかなり日本化してしまうので、日本のものはやはり日本的だよなあという島国的納得をしてしまうからかもしれない。

フィレンツェのメディチ家が膨大な富を築いて15世紀ルネサンスを牽引したのは知られているし、だからこそフランス王も商人の出であるメディチ家の女性を王妃にした。
その王妃がフィレンツェから画家も音楽家も料理人も舞踊家も建築家も一切合財連れてきた。

私はフィチーニのプラトン・アカデミーについてフランスでじっくり勉強したことがあるし、フランス・バロック・オペラやバレエを創始したリュリーの重要性も分かり過ぎるほど分かっているけれど、それでも、大陸文化が日本に入るといつの間にか日本化するのと同じで、イタリア文化がフランスに入ると、いつの間にかどうしようもなくフランス化することも検証できるし、実感もしている。

でもそれは、ある意味、イタリアもフランスもパラレルに見ることのできる日本人の視点だからで、フランス人がフィレンツェを見たらそれほど精神が動揺するものだろうか。

ルネサンスの話でなくとも、20世紀のフランスにはイタリアからの大量移民がいたので、私の友人や知人にもイタリア・ルーツの人はいくらでもいるし、ピアノの生徒の中には、16歳でイタリアからやってきた建築士が76歳になってようやくピアノを始めた人もいた(彼の娘と孫が私の生徒だったのだ。この話は『バロック音楽はなぜ癒すのか』に書いたことがある)。日本人の私にとってはイタリア系フランス人も他のフランス人もあまり変わらなかった。

でも、今やフランスに住んで40年目、自分がすっかりフランス人化した部分があるので、今フィレンツェに行けばフィレンツェ症候群の気持ちが分かるかもしれないなあと少し楽しみだったのだ。

もう一つはイタリアについての私の愛読書『ITALIES—Anthologie des voyageurs français aux XVIIIe et XIXe siècles』(Robert Laffont)の存在だ。
イタリアに行くフランス語読みにはぜひお勧めの貴重な記録だ。

フィレンツェの項目ではサド、スタンダール、ミュッセ、デュマ、ゴンクール兄弟らの手紙が興味深い。今ならサイトやらブログなどにアップするような話が、手紙で延々と語られる。写真がない分中身が濃い。

フィレンツェ症候群と18、19世紀の証言。

この二つがフィレンツェの感じ方に影響を与えるだろうか。

後者の記録にナポレオン時代がどのような影を落としたのかも興味深い。
ナポレオンは1796-97にイタリアに遠征した。イタリアを征服し1805年には「イタリア王」として戴冠した。
ナポレオンの「イタリア王国」は1814年まで続いた。
1811年に息子が生まれた時は「ローマ王」という名誉称号を与えた。

ローマ帝国の再現にこだわっていたからだ。出身地のコルシカがイタリア領であったことも関係しているだろう。

しかし、19世紀のフランス文人が記録するフィレンツェの第一印象は意外なものだった。

(続く)
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by mariastella | 2015-09-07 00:59 | 雑感
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