L'art de croire             竹下節子ブログ

「世界の中心」じゃないフィレンツェ   フィレンツェの話 その3

19世紀半ばのフランスの文学者がフィレンツェを訪れて受けた印象は、なんと、この町がリタイアした老人のようにじっとして動かない活気のない町だということだ。

14-16世紀にかけてあれほど政治的に激動の時代を駆け抜け、市民革命をも成し遂げ、知恵と信仰と美と好奇心と野心全開だった都市の面影は全くない、というのだ。

今はどうだろう。

夏の終わりの旅行シーズンで旅行者がいっぱいで活気があるように見えるので分からないけれど、何となく納得できる部分もある。

ずっとこの町に住んでいたある日本の文化人がここでフラストレーションをためてついにローマに居を移した例を知っているけれど、それがなんとなく分かる気がするのだ。

フィレンツェはクワトロチェントの町、ルネサンスの都であって、その文化資本を守り観光資源にもなっている。

でもそれがこの町に、ある種の限界を与えているのかもしれない。

いや、ルネサンス最盛期の頃だって、この町には「ここが世界の中心」という自意識はなかったような気がする。

ローマやパリという町が「自分たちが一番偉い」と思っていたような驕りがない。

パリには王がいたし、ローマにはローマ法王がいた。

メディチ家はどんなに栄華を誇っても軍人貴族や王家にルーツがあったわけではない。

王にはなれないので娘を他の国の王妃にした。

フィレンツェ共和国の事実上の独裁者にはなったし、トスカーナ大公国の君主にもなった。

「王」にはなれなくても金の力と権勢でローマ法王にはなれるので、念願のレオ10世(1513-21)(13歳で枢機卿に任命された)を出した。その後クレメンス7世(1523-34)を出した時は舞い上がっ、てロレンツォ教会の図書室のステンドグラスにはメディチ家の紋章と法王の名と三重冠が繰り返されている。

でも、教皇庁がフィレンツェに移るわけではないし、それどころか、教皇はもちろんローマに行って教皇と共に芸術家たちもみんなローマに移ってしまう。

しかも、メディチ家は何度か政敵にフィレンツェを追われたり、大聖堂で反逆者に暗殺されたり、スペインやフランスに攻め入れられたり、法王になっても贖宥状の販売で宗教革命のきっかけをつくったりと、運命の浮沈が激しかった。

だから、数代にわたって王家同士で姻戚関係を結び一応安定した「権威」をまとっていたヨーロッパの他の王朝とは根本的に違う。

いつ敵に狙われるか分からないし、嫉妬を避けるためもあって、フィレンツェのメディチ関連の「宮殿」というのは外見が質実剛健なのだ。

ヴェルサイユ宮殿など、王の威信を固持する豪華な城に慣れているフランス人にとっては、フィレンツェの宮殿は、意図された「堅固な要塞」風というより、「巨大監獄」に見えたらしい。

もちろんその分、中身は贅を尽くした豪華なもので、外見とのギャップが激しい。

カテドラルとなると公教の宗教施設だからメセナとして思い切って豪華にできたはずだけれど、観光客に人気の三色の大理石を組み合わせた美しいルネサンス風の意匠も、ゴシックのカテドラルを見慣れているフランス人には「ルネサンスの悪趣味」「インドの箱」みたいだ、他の建物の外観も彫りの部分に黒が入っていて喪に服しているようだ、などとコメントされている(byゴンクール兄弟)。

それだけ栄えても「世界の中心」という意識がなかったのは富の蓄積が遠征先からの戦利品などではなく商取引がメインだったからだろう。その後では銀行業となる。

フィレンツェの富を作った毛織物工業にしてもフランドルから羊毛を買っていたし、当時から、ヨーロッパ中からいろいろ吸収していたのだ。

今ではフィレンツェの特産でもあるイルパピロという装飾紙も、「17世紀フランス王室で考案された製本紙がルーツで今はフィレンツェだけがその伝統を守っている」、などとわざわざ説明書きがある。

フィレンツェだけ、フィレンツェが一番、フィレンツェが中心、フィレンツェがオリジナル、という矜持や自尊心や誇大妄想が感じられない。

ゾラが1874年にフィレンツェのことを「引退して余生を送る役者みたいだ」とコメントして、イタリアの格言を紹介している。

「王の一行が去るとトリノは大騒ぎして嘆く、ローマは王が来ると歓喜して手を叩く、フィレンツェは王が来ようと去ろうと気にも留めない」

というものだ。

フィレンツェには情熱がなく、軽やかで愛想のいいエゴイズムがあるだけだ。過去の栄光に満足して今は優雅なリタイア生活を味わっている、と。

でも、「栄光」の熱っぽさはなくても、強迫的な何かにかられたのではないかと思われるほどの宗教美術の密度は高く、濃く、重い。

(続く)
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by mariastella | 2015-09-08 00:15 | 雑感
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