L'art de croire             竹下節子ブログ

『神様メール』最新約聖書(Le Tout Nouveau Testament)の神はベルギーに住んでいる

 ジャコ・ヴァン・ドルマル(Jaco van Dormael)監督のベルギー映画『最新約聖書』というコメディを観た。

「神は存在するか?

いるとしたらブラッセル(ブリュクセル)にだ」というベルギー中心主義がすでに笑わせるコメディ。

しかも上映の直前にベルギーのジャーナリストがラジオで言った言葉

「la Belgique a la forme d'un cerveau, c'est pour ça qu'elle est posée sur la France"(ベルギーは脳の形をしている、だからフランスの上に置かれているのだ)」

というのが偶然流れたので、笑えた。

最初のタイトルロールはまるで核戦争のドキュメンタリー映画ですか、というシリアスなモノトーンなのだけれど、映画の最後のエンドロールは、女神にリセットされてお花畑になった世界らしく手刺繍のかわいいものに代わっているのもご愛嬌。

で、出演俳優たちがすごい。

神役がブノワ・ポルヴォルド、神の妻、女神がヨランド・モロー、新しい使徒に選ばれたのがカトリーヌ・ドヌーヴやフランソワ・ダミアンだというのだから。子役の使い方も演技もなかなかのものだ。

イエスの選んだ12人の使徒では足りなかったというので、新たな6人を娘が無作為に選んだカードで決める。

心身いずれかの落ちこぼれや倒錯したような人ばかりなのだけれど、どんな人でも「神に選ばれて人生について問われれば福音宣教できる」というメッセージだとも読めれば読める。その部分はコメディというより人間悲劇。

暴君的な父のもとから逃げ出した神の娘(10歳)がその6人を求めて出会い、皆が人生の新しい意味を求め新しい自分や新しいパートナーと出会うというオムニバス形式になっているので、名優たちも絡みは少なくて見どころは分断されている。

人生の残り時間が人々の携帯に配信されてしまうというSFコメディ風のテーマもある。

人生の残り時間が分かったら、兵士たちが戦車を捨てて戦争がなくなってしまう、というのはある意味でリアルだ。

カトリーヌ・ドヌーヴのストーリーが大島渚の『マックス、モン・アムール』のパロディのようになっている。「シャーロット・ランプリングとチンパンジー」の組み合わせがドヌーヴとゴリラになるのは妙に納得できるがグロテスクだ。

ドタバタなナンセンス・コメディなのだけれど、いまひとつ後味がよくない。

フランスで最近ヒットした宗教ものコメディなどに比べて妙なイデオロギー臭があり過ぎるからだ。

フランスのものは皆をまんべんなく笑い、全体的にはフランスらしい「啓蒙主義」があるが同時にイデオロギー的には当たり障りのない出来具合なのだけれど、このベルギー映画は気になるところが多々ある。

「神」のステレオタイプが、「旧約聖書の怒りっぽくて父権的で懲罰的できまぐれな神」対「その息子で人間的にやり過ぎて(失敗した)イエス」という二つになっているところや、

「神がいるならどうしてこの世には悪や不幸が蔓延しているのか」

というプリミィティヴな無神論者の永遠の問いに対して

「性格の悪い神がマーフィの法則も含めて悪の連鎖、不幸の連鎖を法則化して楽しんでいる」

という回答になっているところなどだ。

前提となっている二元論や無神論そのものがおかしいので、ウイットをきかせたつもりの展開もむなしい。

最初は「イエスの母」である神の妻も女神だったのに、父権的な神に情報統制をされて、世界を管理する仕事からも締め出され、奴隷的立場に甘んじるように抑圧されている。それがこの世の悪の根源で、妻が「女神」である自分を取り戻して自由になればこの世はお花畑となるというのも、単純なジェンダー論、フェミニズムの主張に重なり過ぎて、しらける。

カトリック教会が難民を泊めて炊き出しをしているというシーンは昨今の難民をめぐる情況を思わせて「おや」っと興味を惹かれたけれど、それも「慈悲深い聖職者というのは過去に恋愛のトラウマをかかえている」というような安易なギャグに落とし込まれている。

それは他の「使徒」も同じで、多くが子供時代のトラウマを引きずっているというように、風刺を支える教養がなさすぎるので中途半端なイデオロギー性を持つメッセージがうっとうしい。

特殊撮影は愉快だし、どの人にも固有の「音楽」というのがヘンデルだったりパーセルだったりと具体的なのも楽しいし、子役たちが皆これだけうまいのに、家族で楽しめるような映画では絶対にないし、悪趣味だ。

せっかくいい俳優をそろえたのだから、もう少しエレガンスがあれば『アメリ』のような出来になる可能性もあったのに。
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by mariastella | 2015-09-16 00:10 | 映画
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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